と思ったに、斯う云う不始末に及んだが、此の者の口も確と止めなければ相成らん、何にしても何処《こゝ》[#「何処」はママ]に居ては事面倒だから、至急前橋か高崎まで下《さが》るが、貴公此の女を見捨てずに生涯女房にして遣んなさい……またお前も治平殿方へ嫁付《かたづ》いたら、もう斯様《こん》な浮気を為《し》ちゃアならんぜ、己後《いご》斯う云う事をしたらいかんぞ、治平殿から千金と云う大した金を出して貰った位だから、仮令《たとえ》治平殿の方へ再び返るにもせよ、それ程に思って下さる治平殿に不実があってはならんぜ、此の上は心掛けを正しゅうして、能く女子《おなご》の道を守らんければ済みませんよ」
高「今度は何様《どん》な事がありましても、見捨てられても治平さんの処《とこ》は出ません、私は深川の宅《たく》へ帰れば、直《すぐ》に貴方《あんた》の方へ手紙を出しますから、きっと貰って下さいましよ」
治「深川の何う云うお宅《うち》か、ちょっとお書付を願いたいもので」
高「あの、深川佐賀町二十二番地で岩延|傳衞《つたえ》と申します」
治「へえ」
とすら/\ 書いて[#「すら/\ 書いて」はママ]、
治「確《しか》とです、間違うといけませんよ」
高「お前さんの方でこそ間違うと肯《き》きませんよ」
と是は最う別れだと思うのか、お高は[#「お高は」は底本では「お瀧は」]治平の膝へ手を突いて、もたつきながら涙を拭きます様子を見て、谷澤成瀬も心悪しく思いましたか、苦々しく顔を反向《そむ》けて居りましたが、
成「サ往《い》こうじゃアないか」
と立上る途端にガラリと障子を開けて這入って来ましたのは、例の筏乗市四郎が今年十五歳になる彼《か》の布卷吉を連れて参り、
市「少し此処に待っておいで……はい御免なせえ、少々お待ちなせえましい」
成「何んじゃ其の方は」
市「私《わし》ア市城村の市四郎てえ筏乗でがすが、貴方《あんた》は村上松五郎さんでございますね」
成「え……イヤそれは人違いだ、僕は谷澤成瀬と申すものじゃ、人違いだろう」
市「いやお前さんは元渋川で腕車《くるま》を挽《ひ》いて居なすった峯松さんと云う車夫だアね」
成「なに……これは怪しからん事を云う、失敬な……車夫とは何んだ、苟《いやし》くも官職を帯びて居《お》る者を……大方人違いだろう」
市「人違《ひとちが》えじゃアねえ……此の奥さんみたような人は慥《たし》か旧《もと》猿若町の芸者で小瀧と云って、中頃前橋の藤本へ来て、芸者に出て居た小瀧さんだアね」
高「な何んですと……まア呆れますね、怪しからん人違いで」
市「いや人違えじゃアねえ、見知り人があるだ……さア此方《こちら》へ皆《みん》なお這入んなすって下せえ」
「御免」
と云いながら這入って来ましたのは橋本幸三郎で、お瀧も松五郎も見て恟《びっく》り致し、顔の色を変えました。
七十三
橋本幸三郎の跡から続いて這入って来ましたのは岡村由兵衞と云う、前々《ぜん/″\》橋本の取巻で来ました男で、皆是が見知《みしり》と成って這入って来たのを見ると、お瀧も松五郎も面体《めんてい》土気色に成り、最早|遁《のが》れる路《みち》なく、ぶる/\手先が慄え出しました。
市「さ旦那さま此方《こちら》へお這入んなすって下せえまし」
幸「はい親方|此間《こないだ》ア……やい斯うなったらもうお前方は知らねえと云う訳には往《ゆ》くめえ」
市「どうせ駄目な話だから白状して仕舞った方が宜かろうぜ、もう遁れる路はないから逃途《にげど》はない」
幸「やい盗人《ぬすびと》峯松、其方《そち》は何うも大《ふてえ》え[#「大《ふてえ》え」はママ]奴だなア、七年以前に此の伊香保へ湯治に来た時、渋川の達磨茶屋で、私《わっち》ア江戸ッ子でござえます、江戸のお客を乗せれば此様《こん》な嬉しい事はありませんて……ね此の由さんが鞄を忘れたら態々《わざ/\》持って来て見せやアがったから、私《わし》も正道《しょうとう》の人間だと思って目を掛けて、次の間へ寐《ね》かす位にまで為《し》てやったのに、何んだヤイ悪党、鼻の下へ附髭《つけひげ》か何だか知らねえが生《はや》かして、洋服などを着て東京《とうけい》近い此の伊香保へ来て居るとは、本当に呆れちまったな」
由「これは驚きやしたな……おい/\もういけないよ/\、酷《ひど》いじゃアありませんか、お隣座敷に在《い》らしったお藤さまと、お岩さまてえお附の女中まで引張り出して、私達が先へ四万へ往ってると、後《あと》からお連れ申すって取持がった事を云って、折田の山ン中まで連れ出して、お二人を殺したと思っても、お附のお岩さんは殺されたろうが、お藤さまは神が附いてますよ、谷へ落《おっ》こちたって、ちゃんとお助け申す人があって御無事で在らっしゃるんだ」
市「イヤ何うだ、彼《あ》の
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