捨置く訳にはいかん」
高「はい重々私が悪うございますけれども、此の治平さんと云うお方には些《ちっ》ともお咎《とが》はないので……貴方の有る事を申せば遊びにも入らっしゃいませんから、私は孀婦暮《やもめぐら》しのものだ、亭主はない身の上だと申しましたから遊びに入らしったのでございます、が、何も訝《おか》しい事のあったと云う訳ではございません、併《しか》し斯うなる上は何も彼《か》もお隠し申しは致しません、実は私も此のお方を嗜《す》いたらしい好《よ》いお方だと思いました了簡の迷いから、私の方で無理に入らしって下さいとお勧め申して引入れたのでございますから、此のお方には少しも悪い事はありません、重々私が悪いのですから、貴方の思召通《おぼしめしどお》りお手討にでも何でもなすって下さいまし」
成「ムー……それは女の方が悪いのじゃろう、訝しな眼遣いをするか、私の方へおいでなさいと云うか、何か怪しからん挙動《そぶり》がなければ、そりゃア男の方から無闇に主有る女の処《とこ》へ這入って来るものではありません……じゃが仮令《たとえ》婦人の方で此方《こっち》へ来いと招いても、主ある者と席を倶《とも》にすると云うのは、治平殿|貴方《そなた》も心得てなすったので有ろうが、君も前橋では立派な商人《あきゅうど》じゃと云う事だが、実に此の上ない不品行な事じゃアないか」
治「へえ…それでは貴方が此のお方の御亭主さんで」
成「左様」
治「これは何うも心得ませんでしたが、奥様《おくさん》の仰しゃるには御亭主はない、とこう仰しゃってでございました……がそりゃア困りましたね、何うも貴女《あなた》、然《そ》う云う嘘をお吐きなすっては私が迷惑いたしますからな」
成「今に成って兎や角云ったとて跡へは還らん事じゃのう、僕は詰らん者でも、マ幾らか官職を帯びて居《お》る者《もん》じゃ、亭主の留守には宅に居る下男といえども、家内と席を倶《とも》にせんと云うのが女子《おなご》の道じゃ、然《そ》うなければ家事不取締の譏《そしり》は免がれん事じゃ、僕も御用に付いて他府県へ出張する事もあり、又は洋行をもする、其の長い間、三年でも五年でも僕の留守中まさか禽獣《とりけだもの》じゃアなし、鎖で繋ぎ置く事も出来ん、併《しか》し斯う云う心掛の悪い女子《じょし》なれば、僕じゃとて決して連添って居《お》る事は出来んから即刻離別して、戸籍は後《あと》から送る事に致そうが、マ何うも主ある身の上でありながら、密夫を引入れるなどと云う事がありますか、左様な事を知らん其方《そなた》でもあるまいが、余程此の人を想うて居《お》るに相違ない……治平殿、此の高と云う女を引取り、女房にして遣る心か、但し斯う遣って遊びに来て居《い》る中《うち》の慰みものにする気か、亭主のあるものとは知らんと云いなさるが、風体《ふうてい》を見たって大概分ろう、是が茶屋女や芸者じゃアなし、宿帳《しゅくちょう》を検《あらた》めんと云うのは不都合じゃアないか、併し貴公も手を出したからには万更《まんざら》気に入らん訳でもあるまいから、真に貴公の妻《さい》に致して呉れるなら、改めて僕が離別して実家へ沙汰をするから、貴公の方で此婦《これ》の実家へ貰いに往《い》けば話も早く纒《まと》まって、少しも手間の要らん事《こっ》ちゃ、見合も何も要らん訳じゃが、何うか」

        七十一

治「へえ…左様でございます、貴方の方で全く愛想が尽きて御離縁に成りまして、此の御内室が御実家へ帰る事になれば、此の方から御実家へ話をしてお貰い申すかも知れませんが、何も枕を並べた訳じゃアございません、其処へお帰りがあって私を密夫に落されては甚だ残念でがすからな」
成「残念だって女の首筋へ手を掛けて抱締めた処《とこ》へ僕が帰って来て、障子を開けたればこそ離れたのであろうが、然《そ》う云う事を云って何処までも情を張れば、止むを得ず公然《おもてむき》にするばかりだ、けれども然《そ》んな事を為《し》ちゃア僕も此の上ない恥辱じゃから、敢《あえ》て好みはせん、好みはせんが貴公の出ように依って之を公然《こうぜん》にすれば、云わずと知れた重禁錮、貴公に土を担《かつ》がせる事を好みはせんが、止むを得ん、何うだえ」
治「へえ……私も決して好みは致しません、何うかソノ内分《ないぶん》のお計《はから》いが出来ますれば願いたいもので」
成「ウン然うせんければ僕も実に此の上ない恥辱じゃアないか、若《も》し此の事が人の耳に這入って、明日《あす》にも新聞紙上へでも出るような事があっちゃア僕も勤《つとめ》は出来ず、何うしても職を辞さんければならんから、今霄《こよい》の中《うち》直《すぐ》に僕は此者《これ》を一旦連れ帰って、前橋から高崎まで下《さが》って、それから実家へ帰る積りだ、離縁のうえ籍を送ったら、治平殿貴
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