》りやしたが、貴方何うかお庭で剣術ウ教えて下せえな」
修「何んだえ、唐突《だしぬけ》に剣術を教えてくれてえのは」
市「へえ……お前《めえ》さまマア此方《こっち》へ這入んなせえ……旦那さま此の子でござえますが、まア年齢《としイ》いかねえけれども剣術を習いてえと云うだ」
修「はい/\、さア/\此方《こちら》へお這入り、おゝ大分《だいぶ》人柄な可愛らしい児《こ》だが、今の世の中で武芸を習ったって廃《すた》れもので無駄だが、マア何う云う訳で」
市「何でもハア嗜《すき》で習いてえので」
修「ムヽー……何処の者だえ」
市「おい老爺《おじい》さん此方《こっち》へ這入んなせえ」
老「はい御免下さい、えゝお初にお目に懸ります、手前は足利在江川村と申します処に住み、微かに暮す奧木佐十郎と申す者であります、お見知り置かれまして己後《いご》御別懇に願います…えゝ此の子は私《わたくし》の孫でございますが、武芸を習いたいと云う心掛けで、実は是れまで商家へ奉公させて置きましたが、強《た》って武芸を習いたいと申すので、主人方の暇を取り連れ戻る途中において、不図《ふと》した事にて此の親方にお目に懸りました処、これ/\の殿さまが当時御隠居なすって在《いら》っしゃるから、剣術を教えて下さるように願ってやろう、と此方《こなた》の勧めに任せて御無理を願いに参りましたが、何卒《どうぞ》お手許《てもと》へお置き遊ばして、お役にも立ちますまいが、使い早間にお使い下され、お暇の節には剣術を教えて下さるように願いとう存じます」
修「是れはお前の子か」
佐「いえ孫でございます」
修「左様か、妙だなア剣術を習いたいというのは……老爺《おじい》さんは矢張《やっぱ》り商人かえ」
六十五
佐「へえ只今では機屋を致して居りますが、前々《ぜん/″\》はヘヽヽ戸田釆女匠《とだうねめのしょう》家来で」
修「あゝ足利の、左様かえ……矢張《やっぱり》武士の家に生れた子供だけあって、剣術を習いたいと云うは妙だな」
市「へえ妙でござえます、尤も是には種々《いろ/\》訳もありますが、パッとなっちゃア此の子の望《のぞみ》も叶わねえ訳でごすから申しませんが、まアお手許へ置いて使って下せえまし、流石《さすが》の私《わし》も魂消《たまげ》て泣《ね》えたねえ」
修「はアー……其方《そなた》が泣いた」
市「へえ、後日《あと》で分りますが、さアと云う訳になって、アヽ然《そ》うかてえば貴方《あんた》も泣かねえばなんねえ」
修「はてね、何う云う理由《わけ》で私《わし》が泣かなければならんか」
市「何う云う訳って……云えばなア老爺《じい》さま……訳は云えねえが置いて下すって無闇に剣術を教えて下せえまし……お前《めえ》も遠慮しちゃア駄目だから、旦那さまのお暇の時には一本|願《ねげ》えますって、宜《い》いか、私《わし》も筏乗で力業《ちからわざ》ア嗜《すき》だから時々来て一緒にやる事もあるから……旦那さま実に此の子ぐれえ感心な者はありませんよ、私イハア胸え一杯《いっぺえ》になりやしたが、貴方《あんた》も屹度泣くよ……それからアノ御隠居さまは相変らず御機嫌宜しゅうござえますかえ」
修「ウン藤か、ハヽヽ藤や、ちょっと此処へおいで、市四郎が来たから」
と云われてお藤は奥より出て参り、
藤「おやまア能く出ておいでだ、毎度尋ねておくれで誠に有難う」
市「はい御機嫌宜しゅう……何時もお若いね御器量の善《い》いてえものは違ったもんで、今日は貴方《あんた》の大嗜《だいすき》な人を連れて来ましたよ」
藤「妾《わたし》の大嗜な……兼吉《かねきち》という百姓かい」
市「あ、なに……さア貴方《あんた》此方《こっち》へお這入りなせえましよ」
幸「是は何うもお懐かしゅうございます…」
藤「おやまア…何うも……由兵衞さんも」
由「へえ、マ有難い事で、是まで貴方のお噂たら/″\でげすが、斯う云う処にいらっしゃろうとは些《ちっ》とも知りませんで、昨夜《ゆうべ》も今日も先刻《さきほど》までも貴方のお噂が漸々《よう/\》重なって、ポンと衝突《ぶッつ》かって此処でお目にかゝるなんてえのは誠に不思議でげすが、些ともお変りがありませんな」
市「へえ、なに是には種々《いろ/\》深い訳もありますけれども、其様《そん》な事は構わないで……昨日《きのう》図らず一緒になって、貴方《あなた》の話をしたら何うかお目にかゝりたいと仰しゃって、どうせ足利まで往らっしゃるから通り路の事ゆえ、私《わし》が御案内をしてお連れ申して来やした」
藤「さア何卒《どうぞ》此方《こちら》へ……あなた、何時もお話を致しますお方で」
修「ウン、成程伊香保で御懇命《ごこんめい》を蒙《こうむ》った……是は始めて御意得ます、予々《かね/″\》此の者からお噂ばかり聞いて居りますが、此者《これ》は私
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