かりけれ」という狂歌が彫ってあります。大門《だいもん》を出ると、角に尾張屋《おわりや》と云う三階の料理茶屋があります。日の暮から村の若い衆《しゅ》や女中がぞめき半分で見物に出掛けますが、妙な扮装《なり》で若い衆は頬冠りを致しますが、全体頬冠りは顔を隠そう為に深く致しますが、彼地《あちら》の若い衆は顔を出して皆|後方《うしろ》へ冠ります、成《なる》たけ顔を見せるように致しますから、髷の先と月代《さかやき》とが出て居ります。手織の糸織縮《いとおりちゞみ》を広袖にして紫縮緬呉羅《むらさきちりめんごろう》の袖口が附いて居ます、男子《おとこ》の着物には可笑しいようで、ずいと前を広げても白縮緬か緋縮緬の褌《ふんどし》をしめるのではありません、矢張|晒木綿《さらしもめん》の褌で、表附ののめり[#「のめり」に傍点]の下駄を履《は》いて団扇を持って出ますが、女も其の通り華美《はで》な扮装《なり》を為《し》て出ます。矢張女も手拭を冠って居ります。彼地《あちら》では女が、誠に済みませんが手拭も冠りませんで御挨拶を致します、と云う処を見れば手拭を冠るのが礼になって居る事と見えます。実に非常の群集で、其処にツクノリ[#「ツクノリ」に傍点]と云う事があります、何う云う事かと聞きましたら、是は蟇目《ひきめ》の法だと云う。宵《よい》から夜中に掛けてツク[#「ツク」に傍点]を乗りますが、是は不思議なもので、代々近村の重次郎《じゅうじろう》と云う人がツク乗りを致します、其の扮装《なり》が誠に可笑しゅうございます。白木綿の着物を着て、茜木綿《あかねもめん》のたッつけ[#「たッつけ」に傍点]を穿《は》き、蝦蟇《がま》の形をいたして居《お》るものを頭に冠り、裳《すそ》の処に萌黄木綿《もえぎもめん》のきれが附いて居ますから、角兵衛獅子形《かくべえじしがたち》で、此の者を、町内の寄合場所へ村の世話人が附いて招待《しょうだい》致し、屏風を立廻し馳走を致して居ます。年番《ねんばん》に当った家《うち》の前にツク[#「ツク」に傍点]と云うものを建てますが、丸太で長さ十二間もありまして白布で巻き、上に醤油樽が白木綿で包んで乗せてあります。それを綱で張ってありますが、若《も》し乗損《のりそくな》って落ちて死んだ時には、ツクの下へ其の死骸を埋《うめ》るのが彼《か》の祭の法だと云いますが、危険《けんのん》な業《わざ》であります。なれども慣れて上手なものでございます。下に囃子《はやし》を為《し》て居ます。弥々《いよ/\》重次郎さんが来る時には早めて囃子を致します。笛が二管、〆太皷が二挺ある切りで囃子が極って居ます、テレツク/\スッテンテン、テレツク/\スッテンテンと叩きます。重次郎さんを送って参ります時の囃子が可笑しゅうございます、唄のような節を附けて「ツークの重次郎どんがツークへ登ってヤレエーヘンヨ、テレツク/\スッテンテン」他に何も文句は云いません。処の風と云うものは妙なもので、充溢《いっぱい》の人立ちでございます。太田屋という旅宿《やどや》がございまして、其の家に泊って居りますのは橋本幸三郎に岡村由兵衞でございます。

        五十五

幸「おい何うだえ此処の祭てえのは」
由「何うも驚きやした、是は何うも実に驚きました、是程の騒ぎじゃアないと思いましたが、狭い処にしちゃア珍らしゅうございますね」
幸「僅か離れた所でも大層風俗の変ったものだね」
由「変ったって何だって何うも大変り、女が皆《み》な粉《こ》の吹いたように白粉《おしろい》を付けて、黒い足へ紺天《こんてん》の亜米利加の怪しい鼻緒のすがったのを突掛《つッか》けて何処から出て来るんだか宜《い》いね、唐縮緬《とうちりめん》の蹴出《けだし》をしめて、何うしても緋縮緬と見えない、土器色《かわらけいろ》になった、お祖母《ばあ》さんの時代に買ったのを取出してチョク/\しめるんでしょう、実に面白うげす……此の家《うち》の※[#「飮のへん+稻のつくり」、第4水準2−92−68]《あん》ころ餅が旨いから私《わたくし》は七つ食べましたら少し溜飲《りゅういん》に障《こた》えました」
幸「手塚屋は古河の在手塚村の者が出て売始め、今では上等の菓子屋に成ったてえが、今お前に御馳走だと云うのは、亀甲万の醤油蔵は何うだえ」
由「何うも大きなもんですねえ、一年に何の位造るんでしょう」
幸「大して造るてえ事だ、何でも一ヶ年に並亀甲万が七万樽以上に、上等のが七万樽で、両方で合計十四五万樽も出るてえことだなア」
由「へえ沢山の桶が並んで居ましたが、醤油蔵が二十三間あって此方《こっち》が十八間あるてえましたね」
幸「桶の高さが七尺五寸から八尺ぐらいで、彼《あ》の中へ落ちて死んだものがあると云うが、あの石を附けて絞る様子などは大したものだね」
由「へえ何うも実に驚
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