ん》が表口からズーッと這入り、段々取調べると、
幸「今年十六才になりますお駒と云う少女《むすめ》が見えません、尤も同人の寝衣、扱き等《とう》が倉前に落ちて居りますから、賊が倉の中に隠れて居りまするかも知れません」
と申しますので、是から段々取調べました処何処にも居りませんが、大した品物を盗んで参りました。
巡「大方妾のおりゅうとお駒と申す少女《むすめ》を辱かしめたる上に斬殺《きりころ》し、死骸は河の中へ投《ほう》り込んで、舟で逃げたものだろう」
と取調べ、探偵は入替《いりかわ》り/\四五名|来《きた》り、名刺《てふだ》を置いて帰りました。是から先ず其の筋へ訴えなければなりませんから大した騒ぎでございます。斯うなっては幸三郎も母に明さん訳には参りませんから、母にも明し、是から番頭を呼んで来まして、隈《くま》なく取調べた上、訴書《うったえしょ》を認《したゝ》めさせました。
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盗難御届《とうなんおんとゞけ》
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[#地から7字上げ]京橋霊岸島川口町四十八番地
[#地から3字上げ]橋本幸三郎
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明治八年九月四日午前一時頃我等別荘浅草区橋場町一丁目十三番地留守居の者共|夫々《それ/″\》取締致し打伏し居り候処河岸船付桟橋より強盗忍び入り候《そろ》ものと相見え裏口より雨戸を押開け面体《めんてい》を匿《かく》し抜刀を携え二|人《にん》とも奥の方へ押入り召使りゅう雇女駒と申す者を切害《せつがい》致し右死体は河中へ投込候ものと相見え今以て行方相知れ不申候《もうさずそろ》又土蔵へ忍入りしや私《わたくし》所持の衣類金銀とも悉《ことごと》く盗取り逃去り候跡へ我等|参合《まいりあわ》せきよと申す下婢《かひ》に相尋ね候処驚怖の余り己《おのれ》の部屋に匿れ潜み居《おり》候えば賊の申候言葉|並《ならび》に孰《いずれ》へ逃去候|哉《や》慥《しか》と不相分《あいわからず》由|申出候《もうしいでそろ》然《しか》るに一応家内取調申候処|庭前《ていぜん》所々《しょ/\》に鮮血の点滴|有之《これあり》殊に駒の緋絹縮《ひぎぬちゞみ》下〆帯《したじめおび》りゅうの単物《ひとえもの》血に染み居候まゝ打棄《うちすて》有之候間此段御訴申上候
右盗取られ候金高品数|左《さ》之通りに御座候
一金二千円 内訳金千円十円札、金千円五円札○一金三百円内訳金百円二円札、金二百円一円札○一金側時計一個|但《たゞし》金鎖附此代金二百円○一同一個但銀鎖附此代金百円○一掛時計二個此代金五十円○一衣類二十七品此代金五百円○一|玉《ぎょく》置物一個此代金二百円○一|古銅《こどう》花瓶一個此代金百五十円、合計金高三千五百円也
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さて右の書面を以て其の筋へ訴えましたゆえ、探偵の方が段々調べました処、後に致ってお駒の死骸が中洲《なかず》に掛って居て是が揚りました。尚厳重に調べに成りましたが、何うしても盗賊の行方が分りません。此の後明治十一年七月十日、千葉県下|下総国《しもふさのくに》野田宿《のだのしゅく》なる太田屋《おおたや》という宿屋へ泊り合せて、図らずも橋本幸三郎が奧木佐十郎と云う前申上げました足利江川村の機織屋《はたや》が、孫の布卷吉を連れて亀甲万《きっこうまん》という醤油問屋《しょうゆどいや》へ参るに出会い、敵《かたき》の手掛りを得《う》ると云うお話でございます。
五十四
明治十一年七月十日野田に祇園会《ぎおんえ》と云う事がございますが、豪商の居ます処ゆえ御祭礼は中々立派に出来ます。両側へずーっと地口行灯《じぐちあんどう》を掲《かゝ》げ、絹張に致して、良い画工《えかき》に種々《さま/″\》の絵を描《か》かせ、上には花傘を附けまして両側へ数十本|立列《たちつら》ね、造り花や飾物が出来ます。水菓子屋或は飴菓子団子氷水を商う店が所々《しょ/\》に出まして、中々賑やかな事でございます。近郷のものが皆参詣に出ます。鎮守は愛宕《あたご》でございます。彼地《あちら》へ往らっしったお方は御案内でいらっしゃいますが、社殿は槻《けやき》の総彫《そうぼり》で、花鳥雲竜《かちょううんりょう》が彫って極《ごく》名作でございます。是は先代の茂木佐平治《もぎさへいじ》氏《し》が建立致したのでございます。境内には松杉|銀杏《いちょう》の大樹が繁茂して余程広うございます(寳暦《ほうれき》の年号が彫ってあります)牝狗《あまいぬ》牡狗《こまいぬ》の小さいのが左右にあり、碑が立って居て、之に慥《たし》か鐵翁《てつおう》の句がございまして、句「三光《さんこう》の他は桜の花あかり」句「声かぎり啼け杜鵑《ほとゝぎす》神の森」これは先代茂木佐平治の句で、他に眞顏《まがお》の碑が建って居ります「あらそはぬ風の柳の糸にこそ堪忍袋縫ふべ
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