わたくし》は直ぐに帰りましょう……」
さん「あれ、お庭の方へ出ちゃいけませんよ、盗賊はお庭から這入ったんですよ」
 と云われてまご/\して彼方《あっち》へ打《ぶッ》つかり、此方《こっち》へ突当って滑ったり、盥《たらい》の中へ足を突込《つッこ》んで尻もちをつくやら大騒ぎで、
幸「静かに/\」
由「し静か処じゃアありません、あ痛い何うも……痛くって口がきけませんくらいで」

        五十二

幸「おい/\……お駒《こま》やおりゅうは何うした」
さん「何うなさいましたか知りませんが、何でも庭から這入りました様子でございます、判然《はっきり》とは分りませんが、是は美《い》い妾だ、姦《なぐさ》んで殺して仕舞え、お金を奪《と》って往《い》こうと云う声が聞えたように思います、キャーと云う声がいたしましたから、何でもお駒どんは斬られやア為《し》ないかと存じます」
幸「ムヽー、おい…マアこれ沈着《おちつ》かないかよ、静かにしなくっちゃアいけねえじゃアねえか」
由「静かにしろって、わ私《わたくし》は、さ騒ぎたくっても口がきかれません、是れでは」
 とワナ/\慄《ふる》えて居るを見て、
幸「気を確《しっか》り持ちなよ」
さん「確りも何もありませんから私を逃して下さいまし」
幸「これ/\其方《そっち》へ出ちゃアならん」
 と幸三郎は沈着《おちつ》いた人ゆえ悠々《ゆう/\》と玄関の処へ来ますとステッキがあります。これを提《さ》げ、片手に紙燭《ししょく》を点《とも》したのを持って、
幸「何処の所だ、何にしてもお駒が案じられるし、おりゅうに怪我は無かったか、賊は逃去って仕舞ったか」
下女「何うでございますか私は只台所のお竈《へッつい》の下へ首を突込《つッこ》んで居りましたから、確《しっ》かりとは分りませんでしたが、多分お怪我をなさいましたろう」
幸「えゝ、怪我をするのに多分などを附ける奴があるものか……おい由さん一緒に往っておくれよ」
由「へえ……一緒にッたって私《わたくし》は逃げられませんよ……あゝ宜しい、心得ましたが然《そ》う引張ったっていけませんてえに……あ痛い……足へ手桶が引掛って居ます……あ痛い……是は何うも大変な処《とこ》へ帰って来ましたなア、私を引張って往ったって何の役にも立ちませんよ」
幸「チョッ静かにしねえか」
由「あ痛い……何うも是は痛い、暗いもんだからお茶棚の角へ頭を打附《ぶッつ》けました、木齋《もくさい》に此の角を円くさせて置いて下さいな」
幸「お前後生だから外へ出て一寸《ちょっと》派出所へ届けるか、其処らに巡査さんが歩いて居たら御出張を願って来てくれねえか」
由「へえ……私《わたくし》は巡査は極《ごく》いけねえんで、へえ何うも私は巡査さんを見ると何となく怖いので」
幸「お前は盗賊《どろぼう》じゃあるめえし」
由「ないが何処ともなく巡査さんは凛々《りゝ》しくって怖味《こわみ》がありますから、私《わたくし》が届けちゃいけますまい、何卒《どうぞ》是は一つお女中に願いましょう」
幸「チョッ……意気地《いくじ》がねえなア」
 と云いながら倉前へ来て見ますと、緋《ひ》の縮緬の扱《しご》きが一本、傍《そば》に浴衣が有りまして、ポタリ/\と血が垂れて居ますを見て由兵衞は慄え上り、
由「あゝ、血が、タ垂れて居ます、南無阿弥陀仏/\血と聞いたらまた腰が脱《ぬけ》ッちまいました」
幸「えゝ、此方《こっち》へ来な」
 と漸々《だん/″\》庭伝いに来て見ますと、庭に櫛だの簪《かんざし》が落ちてあって、向うを見ると桟橋の木戸が開いて居ます。
幸「ムヽ、……此処が開いて居るからにゃア此処からでも這入ったか知ら」
 と呟《つぶや》きながら桟橋へ出て見ますと血が垂れて、其処におりゅうの寝衣《ねまき》浴衣と扱きが落ちてあったのを取上げ透《すか》し見て、
幸「ムヽ、是はおりゅうの寐衣と帯だが……おい由さん、何を為《し》て居るんだ、私《わし》は此処に居るよ」
由「へえ……私《わたくし》はとても其処までは参られませんよ、へえ」
幸「チョッ……困るなア」
 と云ったが浮《うっ》かり倉の方へ這入り、盗賊《どろぼう》に長い刀《もの》を提《ひっさ》げて出られちゃア堪りませんし、由兵衞はぶる/\して役に立ちませんから、幸三郎が自身に駈出して参ると、丁度巡行の査公《さこう》に出会いました。

        五十三

幸「只今|私宅《わたくしかた》へ強盗が押入りまして、家中《うちじゅう》に血が垂れて居りますから、直《すぐ》に御出張を願います」
巡「ウン承知致した」
 と云ったが、一人では万一賊の方が多勢《おおぜい》ではいけませんから派出所へ立帰り、呼子《よびこ》にて同僚を集め、四人ばかりにて其の場へ駈附け、裏口台所口桟橋の出口へ一人《いちにん》ずつ立番をして居り、一人《いちに
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