虚言《ぞら》を吐《つ》いて、漸々《だん/″\》隣座敷の者と親しく成った其の上で、巧《うま》く欺《だま》してよ、此様《こん》な山ン中へ連れ出して来て刃物三昧を為《し》やアがって、女を斬殺《きりころ》して、その死骸を河ん中へ打込《ぶちこ》んで、えれエ奴だ、汝《われ》が言附けてさせたに違《ちげ》えねえ、二人ながら同類だろう、己ア逃《にが》さねえぞ」
 と掴《つか》みつきそうな勢《いきおい》で有りますから。

        四十九

 由兵衞は市四郎をなだめまして、
由「マヽ静かにして下さいまし、私共を同類だの盗賊《どろぼう》だのと仰しゃっちゃア困りますが、何う云う訳でげす」
市「私《わし》ア筏乗ゆえ上仕事《うわしごと》に時々参るんだ、すると、昨夜《ゆうべ》山田川の崖の藤蔓へ引懸ってキイ/\泣《ね》えてる女が有るだから、私も驚いて漸《ようや》く助け、段々様子を聞くと、その女の云うには、伊香保の木暮八郎方に逗留している中《うち》に、隣座敷に居た橋本幸三郎さんてえ人が、此方《こっち》の温泉《ゆ》は利《きゝ》が宜《い》い、案内しようといわれて、跡から供の峯松と云う奴の車に乗って参る途《みち》で、その峯松てえ奴が刃物三昧をして供の下婢《おんな》は斬殺《きりころ》され、私は逃げようとして足を蹈みはずして崖から下へ落ちましたが、幸いにして藤蔓へ引懸って危《あやう》い命を助かりましたが、アヽー口惜しい、欺《だま》されたって泣いてるだ、湯場稼ぎの有る事は聞いてるが、貴方《あんた》の供の為《し》た事だから、仮令《たとえ》貴方らは手を下《おろ》して殺さねえでも、大概同類に違《ちげ》えねえ事は分るだ、御領主様と縁繋がりの御内室《ごしんぞう》さまだし、お前方も掛り合《えゝ》だから私《わし》と一緒に警察まで往《い》きなせえ」
由「何う致しまして私共《わたくしども》は決して同類などではございません」
市「いや同類でねえたって掛り合いだ」
由「これは驚きましたな」
幸「是は何うも思い掛けねえ事で、あの車夫《しゃふ》の峯松と云うものは私《わたくし》の供じゃア有りません、雇人《やといにん》でもないので、実は渋川の達磨茶屋で私共《わたくしども》が昼食《ちゅうじき》を致して居りますと、車夫が多勢《おおぜい》来て供を為《し》ようと勧めました其の中《うち》で、江戸ッ子で気の利いた様子の好《い》い奴だと思いましたから、彼《あれ》を雇って来ますと、至って正直者のように思いましたから目を掛けて遣りましたが、そんなら彼奴《あいつ》がお藤さまを連れ出して無慙《むざん》にも殺しましたかえ」
市「殺したって殺さねえってとぼけてもいかねえ、さア警察署へ一緒に往《い》きなせえ」
幸「まア/\静かにして下さいまし、私《わたくし》も籍のないもんじゃアありませんから、決して逃げ隠れは致しません、私は全く橋本幸三郎と申して少々ばかり御用を達《た》す身の上でございまして…この岡村由兵衞と申すものは奉公人てえ訳ではない、日頃宅へ出入りを致すもので、木挽町に居ります何も胡乱《うろん》の者では有りません、全く私が連れて参った供でないと云う証拠の有るのは、伊香保の木暮八郎方でお聞きなすっても、渋川の達磨茶屋で聞きましても分りますが、私共へ縄を掛けて引くと仰しゃるのは誠に迷惑致しますが、其の代り出る所へ出て申訳は致しましょう」
市「さア早く出る所へ出なさい」
幸「それではお藤さまには誠にお気の毒でげしたが、何《なん》にしてもお怪我は有りませんでしたか」
市「怪我はないだってよ、藤蔓の間へぶら下って居たから宜《い》いようなものゝ、下へ落れば巨《おお》きな岩が幾つも有るから身体は微塵に打《ぶ》っ砕けるだが、幸い私《わし》が下に居たから助けて上げたけれども、二人の車夫は人を殺し鞄と荷物を引っ浚《さら》って何処かへ逃げやがったのだ」
幸「へえ、成程、私《わたし》の方でも昨夜賊難に遇《あ》いまして、是から其の届けを致そうと存じ、騒ぎをやってるのでげすが、兎に角斯う致しましょう、ねえ由さん、此処から使《つかい》を遣って伊香保の木暮八郎の手代と渋川の達磨茶屋の主人を呼びましょう、幾ら金がかゝっても仕方がないから」
由「然《そ》うでございますとも」
 と直《すぐ》に手紙を認《したゝ》め、早速来てくれるようにと申して遣ると、木暮八郎方の番頭も参り、達磨茶屋の亭主も来ましたから、打連れ立って原町の警察署へ参りまして、段々調べになりますと、全く車夫の峯松と杢八という渋川から従《つ》いて参った処の悪車夫二人にて人を殺し、鞄と荷物を引っ浚って逃げたに相違ない事が判然いたしました。されども其の者|等《ら》の行方は未だ知れませんが、全く知らん車夫ゆえ橋本幸三郎は宜《い》い塩梅に身遁《みのが》れは出来ましたが、是がために二週間ばかりと云うもの
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