な事を拵《こしら》えるのは上手だから、本当らしく巧く書付を拵え、金子《かね》で先方《むこう》へ妾にでも往《い》く積りにして、宜いかえ、兎も角もそうしておくれよ、お互に別れ/\になっても隠れ場所があれば、時々出て逢えるような事がなくっちゃア私も苦労をする甲斐がないよ、私だって身を切られるほど厭だけれども、表向き明るい処をのそ/\歩かれる身の上じゃないから」
松「ウン斯様《こん》な書付じゃア何うだえ」
 と硯箱を借りましたが、松五郎はもと旗下の用人の忰で、少しく書付が堅ましく出来ました処へ有合わした三文判を押して、おりゅうの名前の下には爪印を捺《お》し、これを懐に入れて橋本幸三郎より五十両の金を取り、松五郎を越後の浅貝《あさがい》の間道《ぬけみち》を逃がそうと云う企《たくみ》でございます。此方《こちら》では夜が明けると大騒ぎでございます。
幸「枕元に置いた金側の時計と煙草入がない……」
由「私《わし》の烟草入もない」
 と是から關善を呼んで派出所へ訴えに成りましたから、早速警察官が御出張に相成り、段々取調べましたが、少しも当りが附かない、随分湯場は稼ぎ賊が多いものでございます。

        四十八

 翌朝《あけ》に成ると皆々打寄り届書《とゞけがき》を書いたり、是から原町《はらまち》の警察署へ訴える手続が宜かろうかなどとゴタ/″\致して居りまする処へ這入って来ましたのは、年頃三十八九に成る色の浅黒いでっぷりとした丈《せい》の高い大きな男でございます。長四畳の方の襖を開けまして、
男「はい御免なさい……」
由「はい、お出でなさい何方《どなた》です」
男「はい、え、二三日前から伊香保の……ナニ彼《あ》の伊香保の木暮八郎ン処《とっ》から此方《こちら》へ湯治にお入《い》でなさった橋本幸三郎さんてエのは貴方でございますか」
幸「はい、橋本幸三郎は手前《てまい》でございますが、何方でげすか」
男「私《わし》ア市城村の市四郎という筏乗ですが、お初にお目にかゝります、少しお訊ね申してえ事が有って出やした、え此処で直《すぐ》にお話をしても宜うがすかな」
幸「はい、左様《そう》でございますか……只今|種々《いろ/\》取込が有りまして、是から少々山の派出所まで参らんければならんでげすが何御用でげす」
市「なに別の事でも御座えませんが、貴方が伊香保から此方《こっち》へおいでなすった供に峯松てえ車夫《くるまひき》が有りやすか」
幸「はい峯松と申すものはございますが、伊香保へ残して私共は此方《こっち》へ参りましたが、何か御用でげすか」
市「その峯松を隠さずに此処へ出してお貰え申してえ」
幸「左様《さよう》でございます、何う云うなんでげすか……おい由さん引込《ひっこ》んでちゃいけねえよ、此処へ来て掛合っておくれなお前」
 といわれて由兵衞が其処へ出て参り
由「へえおいでなさいまし」
市「お前は何んだ」
由「へえ手前《てまい》は此の旦那のお供をして参りました由兵衞と申すものでございますが、貴方は何んの御用で入らっしゃいました、峯松と申す車夫《くるまひき》は伊香保へ残して置き、旦那と私だけ先へ此方《こっち》へ参りまして、二週間ばかり見物かた/″\湯治に参ったのでげすが、へえ」
市「其様《そん》な事は何うでも宜《い》いから、早く其の峯松てえ奴を此処へ出してくれ」
由「へえ…早く此処へ出せと仰しゃっても只今|申上《もうしあげ》る通り当人が居りませんので」
市「居ねえたって貴下方《あなたがた》の供だから出さねばなんねえ訳じゃアねえか」
由「何んでげす、何う云う訳なんですか存じませんが、居らんものを出せと仰しゃっちゃ困ります」
市「その野郎を此処へ出しておくんなさらなけりゃア、私《わし》イハア、お前さんがたをたゞア置かねえぞ、首でも引ん捻《ねじ》って押《おさ》めえて、本当に原町の警察署へしょぴいてッて、私イハア屹度それだけの処分《さばき》を附けねばなんねえ」
由「驚きやしたな、無闇に首を捻るなどと仰しゃっても、私共《わたくしども》は生きて居る人間だから、捻るたって黙って貴方に首を捻られるものでも有りませんが、タヾ峯松は居ねえが此処へ出せと無闇に御立腹に成って仰しゃっては分りませんので、へえ」
市「分らねえ事はねえ、其方《そっち》に悪い廉《かど》が有るから参ったゞ、人を殺して物を奪《と》る奴ア盗賊《どろぼう》に違《ちが》えねえから、警察署へしょぴいて往《い》くのに何も不思議はねえ、当然《あたりめえ》の話しだ」
由「へえー、彼奴《あいつ》が人を殺しましたか」
市「ムムーしらばっくれるな野郎、汝《うぬ》らも峯松の同類に違《ちげ》えねえ、伊香保の木暮八郎ン処《とこ》にお前方《めえがた》逗留して居る時分、己《おら》ア知んねえけれども、何だか御用達の旦那さまだとか金持だとかなま
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