様に一言《ひとこと》頼みたいことも有るが、何うかしてお目に懸りたいが、鈴木屋さんに知れても悪いし……なれども旦那様が夜が更けたらソッと忍んで来いと仰しゃったけれども……参るのも恥かしい……が、どうも真実《ほんと》か虚言《うそ》か旦那さまのお心持が聞きたいと思ったのでございましょうか、今そっと抜足を致して玄関の式台を上り、長四畳へ這入って参り、折曲《おりまが》って入側の方へ附いて来ます途端に、頬冠《ほうかむ》りを為《し》た曲者が、此方《こちら》へ出に掛るから、恟《びっく》りして後《あと》へ退《さが》りました。此方の曲者も人が来たなと思いましたから怖いゆえ窓から戸外《そと》へ出ようと思い、這うようにして玄関の方へ出に掛ります。此方では襖へピッタリ身を寄せて透《すか》して見ますると、橋の傍に点《つ》いて居ますランプ灯の火光《あかり》ばかりで有りますけれども其の姿が見えます。悪者の方でも相手が女だからびくともせず、若《も》し己を取捕《とッつか》まえたら殴《ぶ》ちのめして逃げようと腹を据え、今出に掛ると、
りゅう「おい/\松さんじゃアないか、松さん」
 と己《おの》が名を呼ばれましたから恟りして透し見まして、
曲者「何だ……お瀧《たき》か」
りゅう「あゝ、私はまア種々《いろ/\》お前に話が有るんです、逢いたかったが何うして此処に居るの、まア此方《こっち》へお出でよ」
 とむりやりに松五郎の手を取って、
りゅう「此処から往《い》くと知れないから」
 とソッと忍んで關善の裏手へ出まして、叶屋の傍《わき》から小橋《こばし》を渡り、田村の下の小商人《こあきんど》の有ります所に蕎麦店《そばや》がございます。此家《こゝ》は予《かね》て自分も時々借りる家と見えまして、此の二階へ夜半《よなか》に忍び込んで頬冠を脱《と》り、ほッと息を吐《つ》きました。

        四十七

松「何うしたえ」
りゅう「私も何うかしてと種々《いろ/\》心配して居ましたけれども、さっぱりお前さんの様子が分りませんでしたが、能くまアお前|此方《こっち》へ出て来ておくれだね」
松「己《おら》ア此の通り姿を変えて人力[#「人力」は底本では「人方」]|挽《ひき》、何んでも手前《てめえ》が上州路に居ると聞いたから、草津か、沢渡か、伊香保にでも居るかと思って居たのよ、併《しか》し己《おれ》も危《あぶね》え身の上だが、渋川へ来て車夫になって、東京の客を当込んで、車引《くるまひき》の峯松と是まで化けて居るのも、実は手前に逢いたいばっかりで彼方此方《あちこち》とまごついて居たが、碌な仕事もする訳じゃアねえ、と思ううちに宜《い》い塩梅に今度霊岸島川口町の御用達だてえ橋本と云う野郎を乗せた処が、己を正直者だとか律義者だとか惚込んで次の間へ置くばかりに、すっかり彼奴《あいつ》の腹へ這入っちまったからたんまり[#「たんまり」に傍点]した仕事が出来ようかと思って居ると、隣室《となり》に居た女が其奴《そいつ》に岡惚をした様子だから、些《ちっ》とばかり好《い》い仕事を為《し》ようと思うと、こいつア失策《どじ》をくんだが、伊香保へ残した荷物を取りに往《い》く証拠の手紙が有るから、是れを持って往けば先方《むこう》でも雑物《ぞうもつ》を渡すに違《ちげ》えねえと思うんだ、少しばかりの仕事だけれども、これを纒《まと》めてドロンと決めようと思うんだが、往掛《いきが》けの駄賃に幸三郎が金を持って居るから跡を躡《つ》けて此処まで来たが、首尾好く座敷へ忍び込んだが、枕元に鞄がねえから其処に有合せた煙草入や時計を引《ひ》っ浚《さら》って表へ出ようとする途端に、手前に出会《でっくわ》したのよ」
りゅう「私も宇都宮で少し失策《どじ》を組んだから此方《こっち》へ来たんだがね、此の鈴木屋へ身を落着け、色気の客があったらと思う処へ泊った奴はお前の話の幸三郎、此奴《こいつ》を欺《だま》して旗下のお嬢様だと出鱈目な言《こと》を云って隠れて居るのさ、始めて橋本に逢ったのに舌の長いことを云うから、生空《なまぞら》ア遣《つか》って泣いて見せてとう/\……關善には内証だよ、鈴木屋さんに知れても悪いから黙ってゝおくれよと尽底《すっかり》騙《だま》して口留《くちどめ》を為《し》たが、夜半《よなか》に最う一遍|根締《ねじめ》を見ようと思って往ったのだが、ちょうど宜《い》い処で出会ったね、実はね關善か鈴木屋か二人の中《うち》誰でも宜いから金を受取り、私の身を渡したと云う請判《うけはん》が有れば宜いんだがね……三文判でも構やアしないが、男の手でなければいけないの、おりゅうの身の上に付いて……マお聞きよ、今私はおりゅうと云う名前になって居るんだよ、金子《かね》五十両|慥《たし》かに、受取り、おりゅうの身の上を宜しくお引渡し申しますって、お前は其様《そん》
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