は悪い車夫《くるまや》が居ります。
車「容《ざま》ア見やアがれ」
峯「なに」
岩「お前おからかいでないよ」
峯「面ア覚えて置け」
岩「まア/\お止しよ」
峯「詰らねえ事を云やアがって、脚元を見やアがって、此処まで来て挽けねえなんて、酒え飲まして置いて手当も遣って居るので、中の条だけの賃は遣りましたが、それから先の賃は遣りません、彼奴《あいつ》も無駄挽《むだっぴき》をしやアがって……どうも済みません」
岩「私だけは歩くから好《よ》いよ……お前さまはさぞお厭でございましたろう」
藤「私は恟《びっく》りして、怖いから何うしたら宜かろうかと思ったが、岩や、お前歩けるかえ」
岩「えゝ私はもう宜しゅうございます、二里や三里は歩けますからお前様さえお乗せ申せば宜しゅうございます」
藤「山道だよ」
岩「いゝえ宜しゅうございます、歩けますから」
藤「お前疲れると」
岩「いえ大丈夫で」
峯「まア一服遣りましょうから、もう是からは遠くもねえ道でござえますから」
藤「峯松さん、さぞお疲れで私のような者二人を連れて来てお厭でしょう」
峯「私《わっち》は心配な事はありませんが、まア早くお連れ申して旦那にお会わせ申そうと思って、私も骨を折るのでどうか…へえ」
マッチを摺ってパクリ/\と火をうつし烟草を喫《の》んで居ながら、
峯「実はねえ草臥《くたぶ》れました」
岩「さぞお疲れだったろう、貴方にも種々《いろ/\》お世話になったから、どのようにもお前様に願ってお礼も致します、誠に御親切なお方だと云ってお喜びで」
峯「いえ、もうお礼も何も入りません、旦那も待ってるものだから早くお会わせ申してえと思って何したので……えゝ、貴方、もしお岩様え、礼を為《し》ようと仰しゃるなら…」
岩「はい」
峯「私《わっち》は、あの誠に申し兼ねましたが、折入って願いたい事があります」
四十四
岩「どんな事か知らないが、草臥《くたび》れたらまた後《あと》へ戻って車夫を雇っても宜しいよ」
峯「いえ、そんな事じゃアございません、私《わし》は誠にねえ身分に合わねえような事を申すようでがすが、伊香保にお在《いで》なさる時分から、お藤さまと云う此の奥様に属根《ぞっこん》惚れて居るのでがす、どうか□□□□□云う事を聴いてお貰《もら》え申したい」
と云われてお藤は恟《びっく》りして後《うしろ》の方へ下りますと、お岩と云う女中は顔色を変えて、
岩「な、何を云うのだえ」
峯「えゝ正直なお話でございますが、此方《こっち》ア高が車挽《くるまひき》で、元は天下のお旗下《はたもと》御身分のあるお嬢様に何うの斯うのと云ったって叶わねえ事と知っては居りやすがね、貴方も武士のお嬢さまで身性《みのじょう》の正しい女なら又諦めもつけやすけれども、橋本幸三郎と云う人に逢いてえと思えばこそ、夜道を掛けて四万村まで、此の物すごい山の中をお出でなさるからにゃア満更色気の無《ね》えお方でもごぜえやすめえ、□□□□□□□□□□、其の美くしいお嬢さまを□□□□□□□楽しみに此の山道を来たのです、□□□□□□□□□□□□□、もしお岩さん、取持っておくんなせえな」
岩「まア呆れた事をいう奴じゃ、女と侮《あなど》り身分も弁《わきま》えないで、仮令《たとい》御新造様はお弱くても私が付いて居るからは……汝《てまえ》たちに指でもさゝせる気遣い無い、兎やこうすると許さんから左様心得ろ」
とて懐より把《と》り出したは、旧弊《きゅうへい》であります故小さい合口を隠し持って居ますから、柄へ手を掛けて懐から抜きにかゝると、
峯「ナニ何をしやアがる、刃物三昧をするからア元は旗下の嬢様とかお附の女中とか、長刀《なぎなた》の一手《ひとて》ぐらいは知っても居ようが、高の知れた女の痩腕、汝等《うぬら》に斬られてたまるものか、今まで上手を使って居たが、こう云い出したからは己も男だ、□□□□□□□□□□□□□」
岩「どうも呆れた奴、手込《てごみ》にすれば許さんぞ」
峯「どうでもしやアがれ」
岩「どうでも」
と合口を抜いて飛付くと、車夫の峰松はよけながら後《あと》へトン/\/\と下りると、後《うしろ》からズーッと出た奴は以前の車夫であります。これは渋川の杢《もく》八と云う奴で、元より峰松と馴合って居りますから脱《はず》したので、車を林の陰《かげ》に置き、先へ廻って忍んで居りましたがゴソ/″\と籔蔭《やぶかげ》から出て、突然お岩の髻《たぶさ》を把《と》って仰向《あおむけ》に引摺り倒しました。
岩「あれー何をする」
と飛付いて参った時、これを見て驚きまして彼《か》のお藤は
「あれー」
といって逃げにかゝる。
峯「逃がすものか」
と飛付こうとするを見て、お藤は逃げるも真暗《まっくら》がり、思わず崖を蹈外《ふみはず》してガラ/″\/″\と五六丈も
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