ピシャ用はねえかなんてえ山家《やまが》の者で面白《おもしれ》えが、彼女《あれ》ア旦那何処へも往《ゆ》き処がないので、可愛相で、彼女はちょいと様子が好《い》い、貴方の傍へ置いて権妻《ごんさい》と云っても奥様と云ったっても決して恥かしくございませんね」
幸「そんな事を云ったって年が違わア」
由「年が違うたって何も構やアしません、此の間も六十七になる老人《としより》が十七になる女房を貰ったが、世の中が開けたから構やアしません、貴方は堅過ぎるから」
幸「馬鹿を云え、可愛そうだからよ」
由「其処をなんして一寸《ちょっと》可愛がって、貴方の手生《ていけ》の花にしてお遣りなさい」
幸「馬鹿ア云うな」
 と是から機《はず》んでお酒を飲んで寝ましたが、さてお話|後《あと》へ返りまして。

        四十三

 丁度其の日に峯松が万事都合好く話を致して、彼《か》のお藤と云う隣座敷のお客を車に乗せて引出しまして、伊香保の降り口から一挺車を雇いまして、女中を乗せて渋川へ下りて、金子《かねこ》へ出まして、金子から橋を渡り北牧《きたもく》へ出まして、角屋《かどや》で昼食《ひるしょく》をして、余程|後《おく》れました。それから、男子村《おのこむら》へ出まして村上《むらかみ》へかゝりまして、市城《いちしろ》から青山伊勢町《あおやまいせまち》中の条へ掛ると日は暮れかゝりまして、木村屋《きむらや》で小休みに成りますから十分手当をして遣り、車夫も疲れた様子だから車を取換えようと云うが、是非四万まで往《ゆ》きますと云うも十分手当をして遣りましたからでございます。酒の機嫌で遅くはなったが十時までには屹度《きっと》引張《ひっぱ》るからと、峯松も疲れては居るが親切者、早く往って逢わせようとガラ/″\/″\/″\車を挽《ひ》いて折田村まで一里ばかりも参りますと、どっぷり日は暮れて、木《こ》の間《ま》隠れに田舎家の灯《ひ》がちら/\見えまして、幽《かす》かに右の方は五段田《ごたんだ》の山続き、左は吾妻山、向うは草津から四万の筆山、中を流るゝ山田川の水勢は急でございまして、皀莢瀑《さいかちだき》と字《あざな》いたします、本名は花園《はなぞの》の瀑《たき》と云う巾の七八間もある大瀑《おおだき》がドーッドッと岩に当って砕けちる水音。林の蔭に付いて下《さが》る道があります。気味の悪い処にさいかち橋が架けてあります。これを渡ると直ぐ山田村、近道で其の小坂の処に庚申塚《こうしんづか》があります。そこまで来ると車を下《おろ》して、
峯「若衆《わかいしゅ》大きに御苦労だのう、骨が折れても急いで遣ってくんねえな、十時までに中の立場《たてば》まで往《い》こうじゃアねえか」
車夫「何しろ昨日《きのう》沢渡までの仕事で、甚《えら》くバアーテル[#「バアーテル」に傍点]から、女客《おんな》でも何うもとても挽けねえよ」
峯「挽けねえたってお前どうするんだ」
車夫「此処で若衆《わけえしゅ》暇ア貰いてえものだ」
峯「戯《ふざ》けちゃアいけねえじゃアねえか、此処まで来て、此処じゃア立場も無《ね》え、下沢渡へ別れ道の小口《こぐち》まで往《い》きねえな、彼処《あすこ》へ往《い》けば又一人や二人帰り車も居るだろうから、此処じゃア何うもしようがねえやな」
車「どうもしようがねえたって、挽けねえものア仕かたがねえ、今朝から渋川の達磨茶屋で疲れて寝て居たんだ、其処を帰《けえ》って又来たが、身体がバーテル[#「バーテル」に傍点]でどうも……」
峯「馬鹿にしちゃアいけねえ、そんなら何故中の条の木村屋で左様《そう》云わねえ、木村屋で挽けませんと云えば他の車を頼もうじゃアねえか、からかっちゃアいけねえぜ、東京者だって東京ばかりの車を挽くんじゃアねえ、此地《こけ》え来て渋川で一円に一升の仲間入をして居る峯松だ、大概《てえげえ》にしやアがれ、馬鹿にするな」
車「何だ峯松だか荒神松だか知んねえが、怖くもおっかなくもねえ、挽けねえんだ、何を云やアがる、撲《なぐ》るぜ」
峯「なに撲って見ろえ……」
岩「まア峯さんお待ちよ、私ア歩くよ……怪《け》しからんよ、こんなものに構っては損だからお止しよ」
峯「構うたって、そんなら中の条で云やア何うにでもなるに、人を馬鹿にしやアがって、女連だと思って脚元《あしもと》を見やアがって」
岩「まア/\好《よ》いよ、鞄を此方《こっち》へ下してね」
峯「挽けなけりゃアそうと早く云えば好《い》いに……」
岩「そんな事を云わずに、私が困るからよ……挽けなけりゃアさっさとお出で」
車「おゝ往《い》かねえで何うする」
峯「なに、生意気な事を云やアがる」
車「何が生意気だ」
峯「なに」
岩「お止しよ、峰さん/\」
 と云う中《うち》に彼《か》の車夫は折田《おりた》の方へガラ/″\/″\/″\と引返しましたが、道中に
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