》だが、旦那に対《むか》えば私《わし》だって言わぬと云ったら決して言いませんから、仰しゃい身の上を、旦那に縋《すが》れば何うにか成るかも知れません」
女「有難うございます、屋敷は旧麻布《もとあざぶ》の二本榎《にほんえのき》でございます」
由「麻布二本榎え、何処、六本木と云うのはあるが、六本木の方でありますか」
女「いえ二本榎で、瀧川左京《たきかわさきょう》と申す者の娘で」
幸「えゝ、アノお側を勤めた瀧川さん、千五百石も取った家《うち》のお嬢さん…」
由「えゝ、これは恐れ入った、失礼でございます千五百石も取った方の、私なぞは前《ぜん》からいまだに貧乏だから些《ちっ》とも変りませんが、只貧乏慣れている処が不思議で、少しも身代は開けないのだから、どうも恐れ入ったわけです」
幸「私《わたくし》は瀧川様へお出入をした事もありますが、真《まこと》に貴方は瀧川様のお嬢さんでございますか」
女「はい、決して神かけて嘘は申しません、どうぞ此の事は委《くわ》しくまだ大屋様へは申しませんから、どうか内聞になすって下さいまし、東京のお方で御親切に仰しゃって下さいまして、お懐かしいから迂濶《うっか》り申したので、どうぞ御免なすって」
 と娘は胸一杯になりまして口も利かれません、おろ/\して居ります。
幸「お前さんは幾歳《いくつ》で」
女「はい、廿一でございます」
幸「お気の毒だねえ、どうか貴方を五十円で失敬ながら身請をして上げたいと存じます、お母さんが御病気でお在《いで》なさる事ならば、私が關善へ話をして五十円の金《きん》を出したら、東京へ連れて帰ってお母様に会わせる事も出来ましょう」
女「はい、それが出来ます事なら……」
由「旦那、私も少し助けますよ十分の一……一度にはどうも出来ませんから、日掛《ひがけ》に追々入金をいたしますが、どうか身請をして上げて下さい」
幸「關善さんへは帰る時話をして、今パッと話すと面倒だから……それから貴方の身の上だけはお母様《っかさん》にお逢わせ申しますが、お母様《っかさま》は矢張《やっぱり》東京にお在《いで》でございますか」
女「はい唯今では小石川《こいしかわ》餌差町《えさしまち》に居ります」
幸「宜しい、屹度《きっと》連れて往《ゆ》きます、身請を致します」
女「あの、本当で」
由「本当だって心配なし、どんな事をしても虚言《うそ》は大嫌いの旦那さまで、十二時に此処へ来い、御膳を食べさせると云うと整然《ちゃん》とお膳が出て居るので、御心配ない……此方《こっち》も感じてホロリと来ますねえ」
女「有難うございます、私《わたくし》は夢のような心持で」
由「旦那……お手水《ちょうず》ですか、直《じ》き突当って右の方です……だがね姉《ねえ》さん、彼《あ》の旦那様と云うものは御新造様が無いのですよ……アレサ実は御新造さんは三年|前《あと》に亡《なく》なってお独身《ひとり》でおいでだが、貴方|善《よ》いたって金満家でありますから、貴方がお出でなさるような事があればお母様ぐるみ引取って、生涯安楽でげすが、何うです」
女「其様《そん》な事は」
由「其様な事だって、それが肝腎なので、ウンと仰しゃい、男が好《よ》くって、ちょいと錆声で一中節が出来る、それで揉むのが上手でお灸を点《す》えたり何かするので……」
女「私は実に夢のようでございます」
由「夢見たいですが、是れがさめない夢です……後からまた夢が来るので……今夜はねえ何うかして此処へ入らっしゃいまし、寝就《ねつ》いた処へ私が周旋致しますから」
女「夜出ますと叱られます」
由「誰《たれ》に」
女「あの大屋さんに知れると悪うございます、橋の際《きわ》の瓦斯《がす》が消えますと宿屋の女が座敷《つぼ》へ参るは厳《やかま》しゅうございます」
由「壺ッてえのは此処ですか、厳《やかま》しいなんて生意気な事を云いますね、いゝじゃア御座いませんか、貴方を身請して往《い》くのですから、大屋が何んたって構やアしません、大屋が云っても差配人が苦情を鳴らしても何うでもしますから宜しいではありませんか、貴方心配はございませんお出でなさい、ちょいと、まんざら醜《わる》い男でもございますまい、ようがしょう様子が、お厭かえ……ハア/\これは恐れ入りました」
 といってる処へ幸三郎が便所から帰って参り、
幸「何を掛合って居るんだ」
由「フハア……掛合筋があって誠にハヤ貴方、手水を長くして居らっしゃると好《い》いのに」
女「あの私は又参ります」
幸「貴方又入らっしゃい、証拠でも何でも上げる、決して虚言《うそ》は吐《つ》きませんよ」
女「有難う存じます、御機嫌宜しゅう」
 と嬉しそうな様子で帰りました。
由「どうも御機嫌宜しゅうと云って、手をついて小笠原流で、出這入に御機嫌宜しゅうなんてえ様子は無いねえ、此処の女中などは、ガラリ
前へ 次へ
全71ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング