ん》な事をすると段々尋ねた処《とこ》が、仲人《ちゅうにん》の私《わし》がに悪口《あっこう》吐《つ》いて打《ぶ》って掛るから、打たれては間に合いませぬから胸を衝《つ》くと逆蜻蛉を打って顛覆《ひっくりけえ》ったゞ、ねえまア向うが弱《よえ》えからだ」
警「何故《なぜ》其の様な暴な事をするか」
市「するッたって向うで打《ぶ》つから己《おら》ア方でも打ったゞ、黙って見ては居《い》られねえから打ちやした」
三十二
警「仮令《たとえ》そういう者があるにもせよ、何故左様な暴な事を士族体の者が致したら、此の方へ届けん、自身|手込《てごみ》に打擲するという事はない、人を打《ぶ》つてえ事はない、殴打|創傷《そうしょう》の罪と申して刑法第二百九十九条に照して其の方処分を受けんければならんじゃないか」
市「えゝ、あれはナニ二百五十銭ばかりの銭で腹ア立てゝ、あれは根が太田宗長《おおたそうちょう》という医者が悪いので、薬礼しろというが、銭ねえならお前二百五十銭に負けて遣ってくれというが、負けられねえっていうから喧嘩になったゞ」
警「ナニ……そんな事を尋ねるのじゃアない、ウーン誠に困るナ……其の方は人の身体を無闇に打つものではない、人の身体は大切のものじゃ、分らんか、この肉体というものは容易なものではない造物主より賜わる処の此の肉体は大切なものじゃ」
市「誰が呉れやした、虚言《うそ》ばかり吐《つ》いて、此の体は木彫《きぼり》じゃアねえし仏師屋《ぶっしや》が造ったなんてえ」
警「仏師屋じゃアない造物主、早く言えば神から下すった身体、無闇と殴《う》ち打擲して、殊に谷川へ投込むなどとは以ての外《ほか》であるぞ」
市「じゃア先方《むこう》の体ばっかり神様から貰って、己《おら》ア体は粗末《ぞんぜえ》にしても構わねえと云わっしゃるのか」
警「粗末《そまつ》にするという事があるか、先方《せんぽう》の身体も貴様の身体も同じじゃ、それじゃに依って喧嘩口論して、粗暴に人を打擲する事はならん」
市「何だか貴方《あんた》の云うことは明瞭《はっきり》分らねえ、だがねえ己《おら》ア身体は大事、先方《むこう》な身体も大事と一つにいうなら、何故己ア身体を先方な奴が打《ぶ》ったか、打たれては腹が立つ、先方で打って此方《こっち》で手出しが出来ねえといって、此方の坂を下りて亦登って貴方へ打ちやしたと届けて出て、それから又坂ア下って又登って向山まで往《い》く間《ま》にゃア向うの奴は逃げて仕舞うから打《ぶた》れ損で、此の体に創《きず》を出来《でか》したら貴方其の創を癒す事は出来ねえだろうが、先方で打《う》ちやアがったから己が打返《ぶちけえ》したので、謂《い》わばあんたの代りだ」
警「代りという事があるか、全く先方《せんぽう》から先に手出しをした証拠があるか」
市「ナニ……」
警「先方から先に手出しをした証《しょう》があるか」
市「えゝ、すりア有りやんす、此処に居る重吉という者、主人《あるじ》が居りやせんからソノ番頭役を致しやす、此の人が証拠だ、のう出來助《でくすけ》どん」
警「出來助……其の方か」
重「へえ、それはヘエ私が申します、乱暴をして、毎日/\お酒を飲《た》べて無闇に皿小鉢を抛《なげう》って打《ぶ》ったりして、殊に私の頭を二つ打ったので、へえ、見兼ねて此の親方が仲へ這入って下すったので、二言三言云いやってねえ…親方に打って掛ったねえ、証拠は親方の頭に少々ソノ創がございます、へえ」
市「ねえ此の人が証拠で、神様から貰った私《わし》が身体を打《ぶ》ったから打返《ぶちかえ》しただ、ねえ、だから貴方《あんた》の些《ちっ》たア手助かりをしたゞ」
警「なに手助かりと云うがあるか……先方で先に打ったとあれば……まアよいわ……不論罪《ふろんざい》じゃ、それでは宜しい、宜しいに依って向後は左様な粗暴な事をしてはならんぞ、もう其の方も三十を越えて血気な若い者とも違うから、以後は喧嘩口論をして人を打擲することは相成らぬ、能く弁《わきま》えろ」
市「それから」
警「それからということはない、宜《よ》いからもう参れ」
市「へえ、そうか、もう宜いのか、あんたも骨が折れるねえ、あんたも早く云えば仲人《ちゅうにん》だ、己《おら》アも仲人にべえ頼まれて、能く村で仲人に這入《へえ》って人の事を捌《さば》くだが、中々骨え折れる役だねえ、あんた方もなア」
警「早く往《い》け」
と巡査様もお困りで、分らん者でございますけれども、別に悪い事をしないのに、近村で問いましても正当《しょうとう》潔白という事、是は巡査様も御存じだから先ず軽《かろ》く済みましたが、向山に居りました橋本幸三郎、岡村由兵衞は混雑《ごたすた》が出来て面白くもない、殊に女連というので一とまず木暮八郎方へ帰りまして、翌日になりますと、朝飯を食べると
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