を取って打って掛る。
たき「誰か来ておくんなさいよ、家《うち》の良人《ひと》が大変でございますよ、人殺《ひとごろし》イ」
と云っても田舎の事ゆえ誰有って来るものは有りません。すると一軒|隔《お》いて隣に川村《かわむら》三八|郎《ろう》と云う者が居ますが、妙な堅いような耄《とぼ》けたような変な人でございまして、早く開化の道理を少し覚え、開化は宜《よ》いもんだと考えを起して居りますが、未だちょん髷が有りまして、一体何うも此の人は聞覚えの分らぬ漢語を交ぜて妙な言《こと》を云います、漢語と昔のお家流の御座り奉るを一つに混ぜて人を諭したり口を利くのが嗜《す》きな人でございます。処が今茂之助の家《うち》で女の声で、キイーキイー人殺しイと云うを聞き付け、捨置き難いと存じましたから飛び込んで見ると、茂之助が抜刀《ぬきみ》を振廻して居ます。松五郎を目懸けて打って掛るを抱き留め、
三「先ず待ち給え」
と云いながら茂之助の手を押え、
三「聊《いさゝ》か待ち給え、急《せ》いては事を為損《しそん》ずるから、宜しく精神《たましい》を臍下丹田《さいかたんでん》に納めて以て、即ち貴方ようく脳膸を鎮《おさ》めずんばあるべからず、怒然《どぜん》として心を静め給え」
茂「へえ有難う……ございますが、どうか放して下さい」
と云う。
九
茂「三八さん、誠にお恥かしい事でございますが、此のお瀧の畜生|奴《め》、間男を引摺込んで貴方私の事を悪口《あっこう》して居るのを私が聞くとも知らず、大それた枕を並べて寝に掛ったから助けちゃア置かれません、私だって素《もと》は御領主さまの家来で、聊《いさゝ》か御扶持《ごふち》も戴いた者ゆえ親父に聞えても私が顔が立ちません、名義が廃《すた》ります、ヘエ」
三「いや、御尤もの事だが、能く爰《こゝ》の道理を君|肯《き》かんと宜しく無いて、何《ど》のような事が有ろうとも僕が斯う遣って此処へ仲来《ちゅうらい》して、今君だちの困難を発明することは公然たる処を得たりと雖《いえど》も、お瀧どのが一体逃去ったる義で御座り奉つり候《そろ》、茂之助さんが大金を出《いだ》して身請に及び、斯《かゝ》る処の一軒の家まで求め、即ち何不足なく驚愕|安然《あんぜん》として居《い》られるのを有難く存じ奉る義と心得あるべからんに、密夫《みっぷ》を引入れてからに、何うも酒肴《さけさかな》を
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