て居る、一体|彼奴《あいつ》は心掛けが宜くない、軽薄を以て彼《あ》の方《ほう》へ取附こうと云う考えだろう、などと詰らない事を云って怒《おこ》ります。同じようなお膳が出まして鯛の浜焼が名々《めい/\》皿に附いて出ましても、隣席《となり》の人の鯛は少し大きいと腹を立て、此家《こゝ》の亭主は甚だ不注意|極《きわ》まる、鯛などは同じように揃ったのを出せば宜《い》いんだ、と云っても然《そ》う揃ったのは有りません。また隣で蔵でも立派に建てますと、何うだえ此の頃は忌《いや》にぎすついて来たが、成上りてえものは宜《い》けねえ者だ、旦那然とした面《つら》を為《し》やアがって、朝湯で逢っても厭に肩で風を切って、彼奴が蔵を建ったので丁度南から風の這入る処を、蔵の為に坐敷が暗くなっていけません、何|彼《あれ》だって好《い》い蔵じゃア有りません、毀《こわ》しか何か買って来たんでしょう、火事でも有りゃア直《じき》に火が這入ります、などゝ自分で建てる事が出来んとグッと込上げて参りますが、誰も此の嫉妬心《しっとしん》は離れる事は出来ませんものと見えます。況《まし》てや大金を出しまして連れて来たお瀧が、松五郎の膝へしなだれ寄って亭主の事を悪口《あっこう》を云うのだから腹の立つのも道理、茂之助は無茶苦茶に斬込んで来ましたから二人は驚き、お瀧は慌てゝ逃げ出《いだ》す。松五郎は旧《もと》は士族だけに腕に覚えの有る奴、素《もと》より剛胆の奴ゆえ左《さ》のみに驚きませんで、一歩|退《さが》って後《あと》に有りました烟草盆を取ってポカリと投げ附けると、茂之助の肩をかすッてパチリと柱へ当ると、灰は八方へ散乱致す、其の中《うち》にお瀧は一生懸命だから四巾布団《よのぶとん》を取って後《うしろ》から茂之助を抱き締めましたが、女の事で身丈《せい》が低いから羽がい締めと云う訳には参りません、脇の下をお瀧に押えられたが、茂之助は無茶苦茶に刀を振り舞しながら、
茂「間男見附けた、さア二人重ねて置いて四つにしようと八つに為《し》ようと己の了簡次第だ、間男見付けた」
と死物狂いの声で呶鳴《どな》り立てゝ、ピン/\と鼻へ抜けて出る調子で、精神《たましい》はもう頭へ上《のぼ》って居ます。松五郎は何か無いかと四辺《あたり》をキョロ/\探すと、巻手《まきて》と申しまする何か機織道具で、長《たけ》二尺ばかり厚み一寸も有ります巻手と云うもの
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