る不動様へでも何《な》んでも、お線香を上げてくれと、男泣きに泣きながら頼みましたが、旦那さまえ、何うか店の傍《わき》へ不動様を一つお拵《こしら》えなすッて」
 主「何んだ馬鹿ア云って……コーと角海老というのは女郎屋さんだ、其処《そこ》へ往ってお久さんという十七になる娘が身を売ったかと聞けば、それから知れるが、私《わし》は頓《とん》と吉原へ往った事がないのだ、斯《こ》ういう時には誠に困る、店のものも余《あんま》り堅いのは斯ういう時に困るな、吉原へは皆《みん》な往った事がないからのう、平助どんなぞも堅いから吉原は知るまい」
 平「エヽ角海老てえ女郎屋《じょうろや》は京町の角店《かどみせ》で立派なもんです」
 主「お前吉原へ往ったのかえ」
 平「此間《こないだ》三人で…イエ何《な》にソノ」
 主「ごまかして時々出掛けるね、併し今夜は小言を云いません、夜更《よふけ》の事だから、向後《きょうご》たしなみませんといけませんよ」
 と別に小言もなく引けました。

        八

 翌朝《よくあさ》主人は番頭を呼んで何かコソ/\話を致しましたが、やがて番頭の平助は何《いず》れへか飛んで往《ゆ》き、暫く経って帰って来まして、またコソ/\話をしましたが、解ったと見えまして、
 主人「羽織を出してくんナ……文七や供だよ」
 文「ヘエ」
 と文七が包《つゝみ》を持って旦那の後《あと》へ随《つ》いて観音様へ参詣を致し、彼《あ》れから吾妻橋へ掛りました時に文七は「あゝ昨夜《ゆうべ》此処《こゝ》ン処《とこ》で飛び込もうとしたかと思うと悚然《ぞっ》とするね」と云いながら橋を渡って参りました。
 主人「本所達磨横町というのは何処《どこ》だえ、慥か此所《こゝ》らかと思うが、あの酒屋さんで聞いて見な左官の長兵衞さんというお方がございますかッて」
 文「ヘエ……少々物を承ります、エヽ御近所に左官の長兵衞さんて方がございますか」
 番頭「それはね、彼処《あすこ》の魚屋の裏へ這入ると、一番奥の家《うち》で、前に掃溜《はきだめ》と便所《ちょうずば》が並んでますから直《じき》に知れますよ」
 主人「大きに有難う存じます、それから五升の切手を頂戴致します、柄樽《えたる》を拝借致します、樽は此方《こちら》で持って参りますから」
 と代を払って魚屋の路地へ這入って参ります。此方は長兵衞の家《うち》は昨夜《ゆうべ》
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