使ってしまっては往けないよ、今度のお金ばかりは一生懸命にお前が持って往くんだよ、よ、いゝかえ、此の娘の事だから私も店へは出し度《た》くもない、というは又悪い病でも受けて、床にでも着かれると可哀そうだから、斯《こ》う云う真実の娘ゆえ、私の塩梅《あんばい》の悪い時に手許《てもと》へ置いて、看病がさせ度いが、私の手許へ置くと思うと、お前に油断が出るといけないから、精出して稼いで、この娘を請出《うけだ》しに来るが宜いよ」
 長「へえ私《わっち》も一生懸命になって稼ぎやすが、何うぞ一年か二年と思って下せえまし」
 内儀「それでは二年経って身請に来ないと、お気の毒だが店へ出すよ、店へ出して悪い病でも出ると、お前この娘の罰《ばち》は当らないでも神様の罰が当るよ」
 長「えゝそれは当ります、へえ有難うござえやす、貧乏|世帯《じょてえ》を張ってるもんですから、母親《おふくろ》と一緒に苦労して借金取のとけえ自分で言訳に往って詫ごとをしてくれるんです……へえ、其の代りお役には立ちやすめえから、一々小言を仰しゃって下せえやし、お久、お内儀さんも斯《こ》う仰しゃって下さるから何《なん》だが、店へ出てお客の機嫌|気褄《きづま》の取れる人間じゃアねえが、其の中《うち》にゃア様子も解るだろうから……己は早く家《うち》へ帰《けえ》ってお母《っかあ》にも悦ばせ、借金方を付けて、質を受けて、汝《てめえ》の着物も持って来るから」
 内儀「そんな事は宜《い》いよ、江戸|行《ゆき》の時に取りに遣《や》るから……お前財布があるまい、お金も丁度|他家《わき》から来たのがあるから財布ぐるみ百両貸して上げるよ、さア持っておいで」
 長「へえ、誠に何うも、有難うござえやす、じゃアお内儀さん直《すぐ》にお暇《いとま》しやす」
 内儀「早く家《うち》へ往ってお内儀さんに安心させてお上げよ」
 長「じゃアお久、宜いか」
 久「お母《っか》さんによくいっておくれよ」
 長「あい、あい」
 と戸外《おもて》へ出たが、掌《て》の内の玉を取られたような心持で腕組を為《し》ながら、気抜の為たように仲の町《ちょう》をぶら/\参り、大門を出て土手へ掛り、山の宿《しゅく》から花川戸《はなかわど》へ参り、今|吾妻橋《あづまばし》を渡りに掛ると、空は一面に曇って雪模様、風は少し北風《ならい》が強く、ドブン/\と橋間《はしま》へ打ち附ける浪の音、
前へ 次へ
全19ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング