《そ》う云いやすなね、人は楽《たのし》みが無ければ成らぬ、葬式《ともらい》が有れば通夜に往《い》て眠い眼で直《すぐ》に迎い僧を勤め、又本堂へ坐って経を読むは随分辛いが、偶《たま》には芸者の顔も見たい、人間に生れて何も出家じゃアって人間じゃア、釈迦も私《わし》も同じ事じゃ、済まぬが一寸《ちょっと》、貴方《あんた》だって種々《いろ/\》此方《こっちゃ》へ来てお梅はんとねえ、何事もないじゃアねえ、お梅はんと気晴しに一杯やれば甘《うま》いから、お互に一寸は楽しみをして気を晴らさんでは辛い勤めは出来《でけ》ん、お梅はんの処へ泊っても庄吉にも云わぬじゃ、私が心一つで」
永「うーん種々な事を云うな……貸すが跡で返せ、それ持って往《ゆ》け」
眞「有難い、これども……お梅はん余《あんま》り大切《だいじ》に仕過ぎて、旦那の身体悪うしては成らぬから、こりゃはやおやかましゅう」
 とさあッ/\と帰って来て、
眞「傳次さん貸したぜ」
傳「え」
眞「貸した」
傳「何うだい貸したろう」
眞「えらいもんじゃア十両貸した」
傳「なんだ十両か、たったそればかり」
眞「いや初めてだから十両、又|追々《おい/\》と云うて貸りるのじゃ」
 などと是から納所部屋にて勝負事をする。予《かね》て二番|町《まち》の会所小川様から探索が行届《ゆきとゞ》き、十分手が廻って居《い》るから突然《だしぬけ》に手が入りました。
「御用/\」
 と云う声に驚きましたが、旅魚屋の傳次は斯う云う事には度々《たび/\》出会って馴れて居るから、場銭《ばせん》を引攫《ひっさら》って逃出す、庄吉も逃出し、眞達も往《ゆ》く処がないから庫裏《くり》から庭へ飛下り、物置へ這入って隠れますと、旅魚屋の傳次は本堂へ出ましたが、勝手を知らんから木魚に躓《つまづ》き、前へのめる機《はず》みに鉄灯籠《かなどうろう》を突飛し、円柱《まるばしら》で頭を打ちまして経机《きょうづくえ》の上へ尻餅をつく。須弥壇《しゅみだん》へ駈け上ると大日如来が転覆《ひっくり》かえる。お位牌はばた/\落ちて参る。がら/\どんと云う騒ぎ。庄吉は無闇に本堂の縁の下へ這込みます。傳次は馴れて居るから逃げましたが、庄吉は怖々《こわ/″\》縁の下へ段々這入りますと、先に誰か逃込んで居るから其の人の帯へ掴《つか》まると、捕物《とりもの》の上手な源藏《げんぞう》と申す者が潜《もぐ》って入《い》り、庄吉の帯を捕《とら》えて、
源「さア出ろ/\」
 と引出《ひきいだ》す。
庄「こりゃはい迚《とて》も/\、どもはや私《わし》は見て居《お》ったので」
 自分の掴まえて居《い》る帯を放せば宜《よ》いに、先の人の帯を確《しっ》かりと捉《とら》えて居たからずるずると共に引摺《ひきず》られて出るのを見ると、顔色《がんしょく》変じて血に染《そ》みた七兵衞の死骸が出ますと云う、これから永禪和尚悪事露顕のお話、一寸一息つきまして。

        二十二

 お話は両《ふたつ》に分れまして、大工町の藤屋七兵衞の宅へ毎夜参りまして、永禪和尚がお梅と楽しんで居ります。すると丁度真夜中の頃に表の方から来ましたのは眞達と申す納所坊主…とん/\、
眞「お梅はん/\ちょと明けてお呉《く》んなさい」
梅「はい…旦那、眞達はんが来ましたよ」
永「あゝ来やアがったか、居ないてえ云え、なに、いゝえ来ぬてえ云えよ」
梅「あの眞達さん、何の御用でございますか」
眞「旦那にお目に懸りたいのでげすが、何《ど》うぞ一寸《ちと》和尚さんに逢わしてお呉んなさい」
梅「旦那はあの今夜は此方《こちら》にお出でなさいませんよ」
眞「そんな事を云うても来てえるのは知っているからえけません、宵にお目に懸って此方《こっちゃ》に泊っても宜《え》いと云うたのだから」
永「じゃア仕方がない、明けて遣《や》れ」
 と云うので、仕様がないからお梅が立って裏口の雨戸を明けますると、眞達はすっとこ冠《かぶ》りにじんじん端折《ばしょり》をして、跣足《はだし》で飛込んで来ました。
永「何《なん》じゃ、どうした」
眞「お梅はん、後《あと》をぴったり締めてお呉んなさい、足が泥になってるから此の雑巾で拭きますからな」
永「何う為《し》よったじゃア、深更《しんこう》になってまア其の跣足で、そないな姿《なり》で此処《こゝ》へ来ると云う事が有るかな、困った者《もん》じゃア、此処へ来い、何うした」
眞「和尚さん最前なア、私《わし》ア瞽女町で芸者買って金が足りないから貴方《あなた》に十両貸してお呉んなさいましと、まアお願い申しましたが、あの金と云うものは実はその芸者や女郎《じょうろ》を買ったのではないので、実はその庄吉の部屋でな賭博《ばくち》が始まって居ります所へ浮《うっ》かり手を出して負けた穴塞《あなふさ》ぎの金でございます」
永「此奴《こいつ》悪い奴じゃアぞ、己《おの》れ出家の身の上で賭博を為《す》るとは怪《け》しからん、えゝ何じゃア其様《そん》な穴塞ぎの金を私《わし》にを借《かり》るとは何ういう心得じゃア」
眞「それは重々《じゅう/\》悪いがな、あれから帰って庄吉の部屋で賭博して居りますと、其処《そこ》へ二番町の町会所から手が這入ったので」
永「それ見ろ、えらい事になった、寺へ手の這入るというは此の上もない恥な事じゃアないか、どゞゞ何うした」
眞「私《わし》も慌《あわ》てゝな庭の物置の中へ隠れまして、薪の間に身を潜めて居りますると、庄吉め本堂の縁《いん》の下へ逃げて這込んで見ると、先に一人隠れて居《え》る奴が、ちま/\と其処に身を潜めて寝《ねま》って居ります所へ、庄吉が其奴《そやつ》の帯へ一心に噛《かじ》り付いて居《え》る所へ、どか/\と御用聞《ごようきゝ》が這入《はえ》って来て、庄吉の帯を取ってずる/\と引出すと、庄吉が手を放せば宜《え》いに、手を放さぬで居《え》たから、先に這入《はえ》った奴と一緒に引ずり出されて来る、庄吉は直《すぐ》に縛られてしまい、又是は何者か顔を揚げいと髻《たぶさ》を取って引起すと若《も》し……此処《こゝ》な家《うち》の夫《とゝま》の七兵衞さんの死骸が出たのじゃが」
永「えゝ何……死骸それは……どゞどうして出た」
眞「何うして出たもないもんじゃ、あんたは此所《こゝ》なお梅はんと深い中になって、七兵衞さんが在《あ》っては邪魔になるからと云うので、あんた七兵衞さんを殺して縁《いん》の下へ隠したじゃろう、隠さいでも宜《え》いじゃアないか、えゝ左様《そう》じゃないか、直ぐに庄吉は縛られて二番町の町会所へ送られ、私《わし》は物置の中に隠れて居《え》て見付からなかったから、漸《ようよ》う這出して、皆出た後《あと》でそうっと抜出して此処まで来たのでげすがな、私がぐずぐずしてると直《すぐ》に捕《つか》まります、捕まって打叩《ぶちはた》きされて見れば、庄吉は知らぬでも私は貴方《あんた》が楽しんで居《え》る事は知って居《え》るから、義理は済まぬと思いながらも打《ぶ》たれては痛いから、実は師匠の永禪和尚はお梅はんと悪い事をして居ります、それ故七兵衞さんを殺して縁《いん》の下へ隠したのでございましょうと私が云うたら、あんたも直に縛られて行って、お処刑《しおき》を受けんではなるまいが、そうじゃないか」
永「ふうーん」
眞「ふうーんじゃない、斯うしてお呉んなさい、私《わし》は遠い処へ身を隠しますから旅銀《ろぎん》をお呉んなさい、三十両お呉んなさい」
永「そりゃまア宜く知らしてくれた、眞達悪い事は出来《でけ》ぬものじゃな」
眞「出来《でけ》ぬたって殺さいでも宜《え》いじゃないか、仮令《たとい》殺しても墓場へでも埋《うめ》れば知れやアせんのじゃ」
永「庄吉にも汝《てまえ》にも隠し、汝《てまい》たちの居ぬ折に埋めようと思って少しの間|凌《しの》ぎに縁の下へ入れると、絶えず人が来るし、汝《てまい》や庄吉が絶えず側に居《い》るから、見られては成らぬと思って、拠《よんどこ》ろなく床下へ入れた儘《まゝ》にして置いたが私《わし》の過《あやま》りじゃな」
眞「過りでも宜《え》いが、路銀をお呉んなさいよ」
永「路銀だって今此処に無いからな、その路銀を隠して有る所から持って来るが、死人が出たので其処へ張番でも付きやアしないか」
眞「張番|所《どころ》でない、手先の者も怖い怖いと思って、庄吉を縛って皆附いて行ってしもうて、誰《たれ》も居ませんわ」
永「お梅、何をぶる/\慄《ふる》える事はない、其様《そんな》にめそ/\泣いたって仕様が無い、是れ七兵衞さんの褞袍《どてら》を貸しな、左様《そう》して何か帯でも三尺でも宜《え》いから貸しな、己はちょっと往って金を持って来るから、少し待ってろ、其の間にどうせ山越しで逃げなければ成らぬから、草鞋《わらじ》に紐を付けて、竹皮包《かわづゝみ》でも宜いから握飯《むすび》を拵《こしら》えて、松魚節《かつぶし》も入《い》るからな、食物《くいもの》の支度して梅干なども詰めて置け、己は一寸往って来るから」

        二十三

 永禪和尚も最《も》う是までと諦らめ、逐電致すより外《ほか》はないと心得ましたから、覗《のぞ》きの手拭で頬冠《ほゝかぶ》りを致し、七兵衞の褞袍《どてら》を着て三尺を締め、だく/″\した股引《ぱっち》を穿《は》きまして、どうだ気が利いてるだろうと裾《すそ》をからげて、大工町の裏道へ出まして、寺の門へこわ/″\這入って見ると、一向人がいる様子もござりませんから、勝手を知った庭伝いに卵塔場《らんとうば》へ廻って自分の居間へ参り、隠して有りました所の金包《かねづゝみ》を取出して、丁度百六拾金ばかり有りますのを、是を懐中へ入れて、そっと抜け出して来ました。又|災《わざわい》も三年置けばと申す譬《たと》えの通りで、二十五歳《にじゅうご》の折に逃げて来ました其の時に、大の方は長くっていかぬから幾許《いくら》かに売払ったが、小が一本残って居りましたから、まさかの時の用心にと思って短かいのを一本差して、恐々《こわ/″\》藤屋七兵衞の宅へ帰って来まして、
永「さア早く急げ/\」
 と云うので、お梅は男の様な姿に致しまして、自分も頭にはぐるりと米屋冠《こめやかぶ》りに手拭を巻き付けて皆|形《なり》を変えましたが、眞達も其の後《あと》からすっとこ冠りを致し、予《かね》て袈裟文庫を預けて有ったが、これはまた何処《どこ》へ行っても役に立つと思って、その文庫をひっ脊負《しょ》って、せっせと逃出しました。これから富山《とやま》へ掛って行《ゆ》けば道順なれども、富山へ行くまでには追分《おいわけ》から堺《さかい》に関所がございますから、あれから道を斜《はす》に切れて立山《たてやま》を北に見て、だん/″\といすの宮から大沓川《おおくつがわ》へ掛って、飛騨《ひだ》の高山越《たかやまごえ》をいたす心でございますから、神通川《じんつうがわ》の川上の渡しを越える、その頃の渡し銭は僅《わず》か八文で、今から考えると誠に廉《やす》いものでござります。無暗《むやみ》に駈通しに駈けまして、五里足らずの道でございますが、恐いが一生懸命、疵《きず》持つ足に笹原走ると、草臥《くたびれ》を忘れて夜通し無暗に逃げて、丁度大沓へ掛って来ますると、神通川の水音がどうーどっと聞える。山から雲が吹出しますと、ぱら/\/\と霙《みぞれ》が額へ当ります。
永「あゝー寒い、大分《だいぶ》遅れた様子じゃな、眞達はまだ来ぬかな……眞達ようー/\」
眞「おおい」
永「早う来んかなア」
眞「来《こ》うと云うたてもなア、お梅はんが歩けんと云うから、手を引張《ひっぱ》ったり腰を押したりするので、共に草臥れるがな、とても/\足も腰も痛んで、どうも歩けぬので」
永「確《しっ》かりして歩かんではいかぬじゃアないか」
梅「歩かぬじゃいかぬと云ったってお前さん、休みもしないで延続《のべつゞ》けに歩くのだもの、何《ど》うして歩けやアしませんよ」
永「しらりと夜が明け掛って来て、もうぼんやり人顔《ひとがお》が見える様に成って来るが、この霙の吹掛《ふっか》けでぱったりと往来は止まって居《い》るが、今にも渡し
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