無心、二つ三《み》つ云合《いいお》うたが、知られては一大事、薪割でお前の亭主を打殺したぜ」
梅「あれまアお前さん、何だってねえ」
永「さア/\殺す気もなかったが、是も仏説で云う因縁じゃア、お前《ま》はんに迷ったからじゃア、お前《まえ》は藤屋七兵衞さんを大事に思う余り私《わし》の云う事を聴いたろうが、お繼が駈けて来て床下を覗いてお父様はと云うたから、見たと思うて追掛《おいか》けたが、お繼を欺《だま》して共に打殺し、私と一緒に逃げ延びて遠い処へ身を隠すか、否《いや》じゃアと云えば弐心《ふたごゝろ》じゃア、お前も打殺さなければならん」
梅「何だってまア、そんな事を云ったって、お繼はお前さんが可愛がるから仮令《たとえ》見たとって、よもや貴方が親父を殺したとは気が付くまいと思いますから、其処《そこ》がまだ子供だから分る気遣《きづかい》は有りませんよ、私が篤《とっ》くり彼《あ》の子の胸を聞きますからさ」
永「じゃアお前が連れて来れば宜《よ》い」
梅「まアお待ちなさい、当人を連れて来て全く見たなら詮方《しかた》もないが、見なければ殺さなくっても宜《い》いじゃアないか」
永「知らぬければ宜《え》いが、ありゃお前の実《ほん》の子じゃ有るまいが」
梅「だって三歳《みッつ》の時から育てゝ、異《ちが》った子でも可愛いと思って目を掛けましたから、彼《あ》の子も本当の親の様にするから、私も何うか助けとうございますわ、あれまア何うでもするから待って下さいよ」
と話をして居る処へ寺男が帰って来て、
庄吉「はゝ只今帰りました」
永「おゝ帰ったか」
男「へえー彼方様《あっちゃさま》へ参《めえ》りますと何《いず》れ此方《こっちゃ》から出向かれまして、えずれ御相談致しますと、そりゃはや何事も此方から出向《でむか》れましてと斯様《かよう》にしば/\と申されまして、宜しくと仰せ有りましたじゃと」
永「おゝ手前あのなに何へ行って大仏前へ行ってな、常陸屋《ひたちや》の主人《あるじ》に夜《よ》になったら一寸《ちょっと》和尚が出て相談が有るからと云うて、早く行って」
男「はい左様《さよ》か、行《い》て参《まい》るますと」
永「お梅早く先へ帰りな」
梅「じゃア私は先へ帰ります」
永「潜《ひそ》かに今宵忍んでお前の処へ行《ゆ》くぜ」
梅「そうして死骸は」
永「しい、死骸で庭が血《のり》だらけに成ってるから、泥の処は知れぬように取片付《とりかたづ》けて置いた、なそれ、縁の下へ彼《あ》の様に入れて置いたから知れやアせん、江戸と違って犬は居ず、埋《うず》めるはまア後《あと》でも宜《よ》い、お前は先へ帰りな」
梅「はい/\」
と云いますが、お梅は此処《こゝ》に長居もしませんのは脛《すね》に疵《きず》持ちゃ笹原《さゝはら》走るの譬《たと》えで、直《すぐ》に門前へ出まして、これからお繼を捜して歩きましたが、何処《どこ》へ行ったか頓《とん》と知れなかったが、漸《ようや》く片原町《かたはらまち》の宗円寺《そうえんじ》という禅宗寺から連れて来ました。この宗円寺の和尚さんは老人でございますからお繼を可愛がりますので、此の寺に隠れて居りましたのを連れて帰り、
梅「まアお前何処へ行って居たかと思って方々《ほう/″\》捜したよ」
繼「はい宗円寺様へ行って居たのでございますわ」
梅「何でお前逃出したのだよ」
繼「あのお母様《っかさん》怖いこと、宗慈寺の和尚様が薪割を提《さ》げて殺して仕舞うってね、怖くって一生懸命に逃げたけれど、行《ゆ》く処がないから宗円寺様へ逃込んだの」
梅「お前本当じゃアないよ、嚇《おど》かしだよ、からかったのだね」
繼「いゝえ、おからかいでないの、一生懸命の顔で怖いこと/\」
梅「一生懸命だって、お前《まい》を可愛がって御供物《おもりもの》や何か下さる旦那さまだもの、ほんのお酒の上だよ」
繼「然《そ》う、私《わたし》ゃねお父様《とっさん》を捜しに往ったの」
二十
梅「お父様《とっさん》はあのお商いも隙《ひま》だから、あの金沢から山中の温泉場の方へ商いに往って、事に依ったら大阪へ廻って買出しを致《し》たいからと云って、些《ちっ》とばかり宗慈寺様からね資本《もとで》を拝借したのだよ、そうして買出しかた/″\お商いに往ったから、半年や一年では帰らないかも知れないよ、その代り確《しっ》かり仕入れて、以前《もと》の半分にも成れば、お繼にも着物を拵《こしら》えて遣《や》られると云って、お前が可愛いからだね」
繼「そう、お父様が半年も帰らないと私は一人で寝るの」
梅「宜《い》いじゃないか、私が抱いて寝るから」
繼「嬉しい事ね、あの他処《よそ》の子と異《ちが》って私は少《ちい》さい時からお父様とばかり一緒に寝ましたわ、お母《っか》さんと一緒に寝られるなら何時《いつ》までもお父様は帰らないでも宜《よ》いの」
梅「然《そ》うかえ、私と寝られゝばお父様は帰らないでも嬉しいとお思いかえ、然うお云いだと誠にお前がなア憫然《かわいそう》で、なに可愛くなってね、どんなに私が嬉しいか知れないよ、本当に少さいうちから抱いて寝たいけれども、何だか隔てゝいる中で、己《おれ》が抱いて寝るとお父《とっ》さんに云われたが、お前の方から抱《だか》って寝たいと云うのは真《しん》に私は可愛いよ」
繼「私も本当に嬉しいの」
梅「あのお前私がお膳立《ぜんだて》するから、お前仏様へお線香を上げなよ、お父様へ、いえなにお先祖様へ」
とお梅は不便《ふびん》に思いますから膳立をして、常と異《ちが》ってやさしくお繼に夕飯《ゆうめし》を食べさせ、あとで台所を片付けてしまい、
梅「お繼お前表口の締りをおしよ」
繼「はい」
とお繼は表の戸締《とじまり》を為《し》ようと致しますると、表から永禪和尚が忍んで参りまして、
永「お梅/\」
梅「はい今開けます、旦那でございますかえ」
と表を開《あけ》る。永禪が這入るを見るとお繼は驚きまして、
繼「あゝれ」
と鉄切声《かなきりごえ》で跣足《はだし》でばた/\と逃出しますので。
永「あゝ恟《びっく》りした、何《なん》じゃい」
梅「今お前さんの顔を見てお繼が逃出したので」
永「おゝ左様《そう》か、お繼は最前の事は何《ど》うじゃ、死骸を隠した事は怜悧《りこう》だから見たで有ろう」
梅「いゝえ見ませんよ」
永「いや見たじゃ」
梅「見やアしませんよ、お前さんは心配していらっしゃるが大丈夫ですよ」
永「然うかえ」
梅「お父様はと聞きますからお父様は山中の温泉場から上方へ往ったから、一二年帰らないと云ったら、私に抱かって寝られゝば帰らないでも宜《い》いと云います、お父さんは何処《どこ》へ往ったと聞くくらいだから知りませんよ」
永「知らぬか」
梅「大丈夫でございます、知る気遣《きづかい》ないと私は見抜いたから御安心なさいよ」
と云うので、是から亭主が無いから毎晩藤屋の家《うち》へ永禪和尚忍んで来ては逢引を致します。心棒《しんぼう》が曲りますと附いて居る者が皆《み》な曲ります、眞達という弟子坊主が曲り、庄吉という寺男が曲る。旅魚屋《たびさかなや》の傳次《でんじ》という者が此の寺へ来て、納所部屋でそろ/\天下|御制禁《ごせいきん》の賭博《いたずら》を為《す》る、怪《け》しからぬ事で、眞達は少しも知らぬのに勧められて[#「勧められて」は底本では「勤められて」]為ると負ける。
傳「眞達さん冗談じゃねえ、おいお前金を返さなくっちゃアいけねえ」
眞「今は無《な》えよ」
傳「今無くっちゃア困るじゃアねえか」
眞「無《ね》え物を無理に取ろうて云うも無理じゃアねえか、だらくさい事を云いおるな」
傳「無《ね》えたってお前|己《おれ》が受ければ払いを附けなければ成らねえ」
眞「今|無《な》えから袈裟文庫《けさぶんこ》を抵当《かた》に預ける」
傳「こう袈裟文庫なんぞ己《おら》っちが抵当に預かっても仕様がねえ」
眞「是が無くては法事に往《い》くにも困るから、是をまア払うまで預かって」
傳「そんな事を云って困るよ、おい眞達さん一寸《ちょっと》聞きねえ、まア此処《こゝ》へ来《き》ねえ」
と次の間へ連れて往《い》きまして
「こうお前《めえ》和尚に借りねえ」
眞「師匠だって貸しはしなえ」
傳「貸すよ」
眞「いや此の間|私《わし》が一両貸しゃさませと云うたら何に入るてえ怖ろしい眼《まなこ》して睨《ねら》んだよ、貸しはせんぞ」
傳「お前《めえ》いけねえ、和尚は弱い足元を見られて居るぜ、お前知らねえのか、藤屋の亭主は留守で和尚は毎晩しけ込んで居る、一箇寺《いっかじ》の住職が女犯《にょはん》じゃア遠島になる、己《おら》ア二度見たぜ」
眞「じゃア藤屋の女房《じゃあま》と悪い事やって居るか」
傳「やって居るよ、己ア見たよ」
眞「それははや些《ちっ》とも知らぬじゃ」
傳「斯《こ》う為《し》ねえ、彼処《あすこ》へ往ってお前が金を貸してと云えば、否応《いやおう》なしに貸そうじゃアねえか」
眞「成程、じゃア私《わし》が師匠に逢《お》うてお前様お梅はんと寝て居りみすから、私に何うか賭博《ばくち》の資本《もとで》を貸してお呉んなさませと云うか」
傳「そんな事を云っちゃア貸すものか、そこがおつう訝《おか》しく云うのだ、人間は楽しみが無くってはいけません、私《わたくし》も女を抱いては寝ませんが、瞽女町へ往って芸者を買ったとか、娼妓《じょうろ》を買ったとか、旨いものが喰いたいから、二十両とか三十両とか貸せと云えば、直《じ》きに三十両ぐらえは貸すよ、お前《めえ》さんはお梅さんの酌でお楽《たのし》みぐらいの事を云いねえ」
眞「むう、巧《うま》い事を教えて呉れた、有難い/\」
と悦びまして、馬鹿な坊主で、じん/\端折《ばしょり》で出掛け、藤屋の裏口の戸の節穴からそっと覗《のぞ》くと、前に膳を置いて差向いで酒を飲んで居りますから、小声で、
眞「もしお梅はん/\」
二十一
梅「誰だえ」
眞「ちょっと開けてくださませ」
梅「誰だえ」
眞「眞達で、旦那に逢いたいので、一寸《ちょっと》なア」
永「居ないてえ云え」
梅「あの旦那は此方《こちら》においでなさいませんが」
眞「その様なことを云うてもいかぬ、そこに並んで居るじゃ」
永「あゝ覗《のぞ》いて居やアがる」
梅「おや覗いたり何かして人が悪いよ」
永「障子|閉《た》てゝ置けば宜《よ》いに」
梅「さア此方《こち》へお這入んなさい」
永「いや今|近江屋《おうみや》へ往ってのう、本堂の修繕《しゅぜん》かた/″\相談に往って、帰り掛に一寸寄ったら、詰らぬ物だが一杯と云うて馳走になって居《い》るじゃ、今帰るよ」
眞「帰らぬでも宜《え》えので、檀家の者が来ればお師匠さんが程の宜え事云うて畳替えも出来《でけ》、飛石《とびいし》が斯《こ》うなったとか何《なん》とか云えば檀家の者が寄進に付く、じゃけれど此方《こっちゃ》も骨が折れる、檀家の機嫌気づまとるは容易《ようえ》なものじゃアないじゃて、だから折々は気晴しも無ければ成らん、気を晴さんでは毒じゃ、泊っても宜《え》えがじゃ、眞達が檀家の者は宜え様にするから泊っても宜えがにして置くじゃ」
永「いや直《じき》に帰ります」
眞「もしお梅はん、大事に気晴しのなるようにして呉れんなさませ…あゝ私《わしゃ》なア済まぬが金《かね》十両借りたいが、袈裟文庫を抵当《かた》に置くから十両貸してくんなさませ」
永「此奴《こいつ》此間《こないだ》三両貸せてえから貸したが返さぬで、袈裟文庫、何《なん》じゃえ、出家の身の上で十両などと、汝《われ》が身に何で金が入《い》る」
眞「此間《こないだ》瞽女町へ往て芸者を買《こ》うたが、面白くって抱いて寝るのではないが遊んだので、借金が有るから袈裟文庫を預けようと思うたが、明日《あした》法事が有っても困りますから、是を貴方《あんた》へ預けて置いて、明日法事が有れば勤めてお布施で差引く」
永「黙れ、何だ二三百のお布施で埓《らち》が明くかえ、貸されぬ、うーん悪い処《ところ》へ往《ゆ》き居《お》って、瞽女町で芸者買うなんて不埓千万な奴じゃア」
眞「然
前へ
次へ
全31ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング