《あひる》だか小鍋立《こなべだて》の楽しみ酒、そうっと立聴《たちぎゝ》をするとお梅だから、七兵衞はむっと致しますのも道理、身代を傾け、こんな遠国へ来て苦労するも此の女ゆえ、実に斯《こ》う云うあまッちょとは知らなんだ、不実な奴と癇癖《かんぺき》が込上げ、直ぐに飛込んで髻《たぶさ》を把《と》ってと云う訳にもいきません、坊主ですから鉄鍋の様に両方の耳でも把るか、鼻でも※[#「鼻+りっとう」、第3水準1−14−65]《そ》ごうかと既に飛込みに掛りましたが、いや/\お梅もまさか永禪和尚に惚れた訳でも無かろう、この和尚に借金もあり、身代の為にした事かと己惚《うぬぼれ》て、遠くから差配人が雪隠《せっちん》へ這入った様にえへん/\咳払いして、
七「御免なさい」
永「おゝ誰《たれ》かと思うたら七兵衞さん、此方《こっちゃ》へお這入りなさい」
七「へい御無沙汰を致しました、お梅が毎度御厄介に成りまして」
永「いゝやお前も不自由だろうが綿入物《わたいれもの》が沢山有るので、着物を直すにもなア、あまり暮の節季になると困るから、今の中《うち》にと云うてな斯《こ》うやって精出してくれる、私《わし》も今日は好《よ》い塩梅《あんばい》に寺に居て、今気がつきるから一杯と云うて居たが、好い処へ来たのう、相手欲しやの処へ幸いじゃアのう、さア一杯、さア此方《こっち》へ這入りなさい」
七「へい…有難うございます、お梅時々|家《うち》へ帰って呉んな、のう子供ばかり残して店を明《あけ》ッ放《ぱな》しにして、頑是《がんぜ》ねえお繼ばかりでは困るだろうじゃアねえか、此方《こちら》さまへ来ていても宜《い》いが、家を空《から》あきでは困るから云うのだ」
梅「あゝ、だからさ、もう沢山《たんと》お仕事もないから私は一寸《ちょっと》帰ろうと思ったが、けれどもねえ、綿入物もして置こうと思って、二三日に仕舞になると思って、一時《いちどき》に慾張って縫って居るのさ、さぞ不自由だろうね」
七「不自由だって此方《こちら》さまでも仕事は夜でも宜《い》いやアな、昼の中《うち》店を明ッ放しにして、年も往《い》かねえ子供を置いて来て居ては困るからな、それに此方では夜の御用が多いのだろうから夜業仕事《よなべしごと》にしねえな、昼は家で店番をして夜だけ此方さまへ来《き》ねえな、おれも困るからよ」
永「あゝそれは然《そ》うじゃア、内は夜で宜《よ》い、まア詰らん物じゃアが一杯遣りなさい」
七「有難う……此のお座敷は今まで存じませんだったが、こんな小座敷はないと思って居りました、へえ此の頃お手入で、なるほど斯《こ》う云う処がなければ不自由でしょうね、大層お庭の様子が違いましたな」
永「あゝ彼処《あそこ》に墓場が有るから参詣人が有るで、墓参りのお方に見えぬように垣根して囲《かこ》ったので」
七「なるほど左様で、墓場から覗《のぞ》かれては困りましょうね、旦那は薬喰いと云うが、此の頃は大層|腥物《なまぐさもの》を喰《あが》りますが、腥物を食ったって坊様が縛られる訳でもないからねえ、当然《あたりまえ》で、旨い物は喰った方が宜《よ》うがすね」
永「はい実はな時々養いに喰《や》るじゃ、魚喰うたとて何も咎《とが》めはないが、仏の云うた事じゃアから喰わぬ事に斯う絶って居《お》るが、喰うたからって何も其の道に違《たご》うてえ訳ではないのよ」
七「然《そ》うでしょうね、これは然うでしょう、些《ちっ》とは精分を付けなければなりませんね、旦那今日は御馳走に成ります積りで」
永「左様ともね」
七「実は旦那お願いが有りますが、お前さんにも拝借致しましたし、その上こんな事を云っては済みませんが、包《つゝみ》を脊負《しょ》って僅《わず》か旅籠町《はたごまち》を歩いたぐらいでは何程の事も有りませんで、此の頃は萬助の世話で瞽女町《ごぜまち》へ行《ゆ》きますが、旅籠屋も有りますから些とは商いも、瞽女町だけにまア小間物は売れますが、荒物屋じゃア仕様がございません、それに今度金沢から大聖寺《たいしょうじ》山中《やまなか》の温泉の方へ商いに行きたいと思いますのさ、就《つい》ては小間物を仕込みたく存じますが、資本《もとで》が有りませんから、拝借のあるに願っては済みませんが沢山《たんと》は入りません、まア五十両有れば山中の温泉場へ行って、商いに少し利があれば金沢で物を買って来る、大きい方の商いは今までに覚えが有りますので、元|私《わたくし》はお梅も知って居ますが、奉公人の十四五人も使った身の上で、此奴《こいつ》は今は婆アですが若い中《うち》に了簡違いをして、此奴が来たからと云う訳でも有りませんが此様《こんな》に零落《れいらく》して、斯う云う処へ引込《ひっこ》み、運の悪いので、する事なす事損ばかり、誠に旦那済まねえが御贔屓|序《つい》でに五十両貸して呉《く》んなさいな」

        十八

永「貸して遣《や》ろうとも、お前が資本《もとで》にするなれば貸しましょう、宜《よ》いわ、宜いが然《そ》う云う事は緩《ゆっ》くり相談しなければならん、何《ど》の様《よう》にも相談しよう……おゝ酒が無くなったが折角七兵衞さんが来てのじゃ、酒がなければ話も出来ぬ、お梅さん御苦労ながら、門前では肴《さかな》が悪いから重箱を持って瞽女町へ往《い》って、うまい肴を買って七兵衞さんに御馳走して……お前遠くも瞽女町へ往って来て呉れんか、とてもうまいものは近辺にはないからのう」
梅「じゃア往って来ましょう」
七「往って来《き》ねえ、御馳走に成るのだから……旦那え、お梅も追々《おい/\》婆アに成りましたが、あの通りの奴でね、また私も萬助より他に馴染がないので心細うございます、お梅も此方《こちら》へ上《あが》るのを楽しみにして居ります、旦那可愛がって遣って、あんな奴でも一寸《ちょっと》泥水へ這入った奴で、おつう小利口なことをいうが、人間は余り怜悧《りこう》ではないがね、もし旦那、お相手によければ差上げますぜ、だが上げる訳にもいきませんかね、私《わたくし》も苦労を腹一杯した人間ですから、旦那が私《わたし》を贔屓にして下されば、話合いで貴方《あなた》は隠居でもなすってねえ、隠居料を取って楽に出来るお身の上に成ったら、その時にゃア御不自由ならお梅は仕事に上げッ切《きり》にしても構わねえという心さ」
永「そりゃまさか他人《ひと》の女房を借りて置く訳には往《い》かんが、仕事も出来る大黒の一人も置きたいが、他見《たけん》が悪いから不自由は詮事《しょこと》がないよ」
七「もしそれはお前さんの事だから屹度《きっと》差上げますよ、それにお梅はお前さんに惚れて居りますぜ、ねえ宗慈寺の旦那様は何《ど》うも御苦労なすったお方だから違う、あれでお頭《つむり》に毛が有ったら何うだろうなんぞと云いますぜ」
永「こりゃ、その様な詰らぬ事を云うて」
七「それは女郎《じょうろ》の癖が有りますから……浮気も無理は無いのです、もう酒は有りませんか」
永「今来るが、私《わし》はねえ酒を飲むと酒こなしを為《し》なければいかぬから、腹こなしを為《す》る、お前見ておいで」
 と藁草履《わらぞうり》を穿《は》いてじんじん端折《ばしょり》をして庭へ下りましたが、和尚様のじんじん端折は、丸帯《まるぐけ》の間へ裾《すそ》を上から挟《はさ》んで、後鉢巻《うしろはちまき》をして、本堂の裏の物置から薪割《まきわり》の柄《え》の長いのを持って来て、ぽかん/\と薪を割り始めましたが、丁度十月の十五日|小春凪《こはるなぎ》で暖かい日でございます。
七「旦那妙なことをなさるね」
永「いや庄吉は怠けていかぬから私《わし》が折々《おり/\》割るのさ、酒を飲んだ時はこなれて宜《い》いよ」
七「なるほど是れは宜《よ》うございましょう、跣足《はだし》で土を踏むと養生《くすり》だと云いますが、旦那が薪を割るのですか」
永「七兵衞さん薪炭を使わんか、檀家から持って来るが、炭は大分《だいぶ》良い炭じゃア、来て見なんせ……此方《こっちゃ》に下駄が有るぞえ」
七「何処《どこ》に下駄が」
永「それ其処《そこ》に見なさい」
七「成程これは面白い妙な形《なり》で、旦那の姿が好《い》いねえ、何うもあなた虚飾《みえ》なしに、方丈様とか旦那様とか云われる人の、薪を割るてえなア面白いや」
永「七兵衞さん、先刻《さっき》お前、私《わし》におつう云掛《いいか》けたが、お前はお梅はんと私と訝《おか》しな事でも有ると思って疑《うたぐ》って居やアせぬか」
七「旦那もし、私が疑ぐるも何もねえ、貴方が隠居なさればお梅を上切《あげき》りにしても宜《い》いので、疾《と》うに当人も其の心が有るのだから、その代りにねえ貴方」
永「おい/\私《わし》はお前《ま》はんのな女房を貰い切りにしたいと何時《いつ》頼みました」
七「頼まねえと、頼んでも宜《い》いじゃアねえか、吸涸《すいから》しではお気に入りませんかえ」
永「これ私《わし》も一箇寺《いっかじ》の住職の身の上、納所坊主とは違うぞえ、それはお前《ま》はんがお梅さんと私が訝《おか》しいと云うては、夫ある身で此の儘には捨置かれんが」
七「捨置かれんたってお前《まえ》さんも分りませんね、お梅はお前さんと何うなって居ると云うのは眼が有りますから知っては居ますが、何も苦労人の藤屋七兵衞知らねえでいる気遣いはねえのさ」
永「こりゃ私《わし》は覚えないぞ、えゝや何う有っても、そんな事をした覚えないわ」
 と大声を揚げて云うより早く、柄の長い大割《おおわり》という薪割で、七兵衞の頭上を力に任せ、ずうーんと打つと、
七「うーん」
 と云いつゝ虚空を掴《つか》んで身を顫《ふる》わしたなりで、只《たっ》た一打《ひとうち》に致しましたが、これが悪い事を致すと己《おのれ》の罪を隠そうと思うので、また悪事を重ねるのでございますから、少しの悪事も致すもので有りません。少しの悪事でも隠そうと思って又重ねる、又其の罪を隠そうと思っては悪事を次第々々に重ねて猶《なお》また悪事に陥ります。毛筋ほどでも人は悪い事は出来ませんものでございます。永禪和尚は毒喰わば皿まで舐《ねぶ》れと、死骸をごろ/\転がして、本堂の床下へ薪割で突込《つきこ》みますのは、今に奉公人が帰って来てはならぬと急いで床下へ深く突入《つきい》れました。

        十九

 お繼という七兵衞の娘は今年十三になりますが、孝心な者でございます。母親《おふくろ》が居りませんに、また父親《おやじ》が見えませんから、屹度《きっと》宗慈寺様へ行って居《い》るので有ろうと、自分も何時《いつ》も此の寺へ参りますと、和尚に物を貰って可愛がられるから度々《たび/\》参りますので、勝手を存じて居りますから、
繼「お父様《とっさん》は居りませんか、お母《っか》さんは」
 と納所部屋を捜しても居りません。すると本堂の次が開いて居りますから、其処《そこ》へ来ると草履《ぞうり》が有りますから庭へ下りまして、
繼「おや和尚様お母さんは居りませんか、お父様は」
 と屈《こゞ》んで云いましたが、女の子は能《よ》く頭《かしら》を斯《こ》う横にして下を覗《のぞ》く様にして口を利くものでございますが、永禪は只《と》見ると飛んだ処へ来た、年は往《い》かぬが怜悧《りこう》な娘、こりゃ見たなと思ったから、物をも云わず永禪和尚柄の長い薪割を振上げて追掛《おっか》けたが、人を殺そうという剣幕、何《なん》ともどうも怖いから、
繼「あれえ」
 ばた/\/\/\/\/\/\と庭を逃げる、跡を追掛けて行《ゆ》き、門の処まで追掛け、既に出ようとする時お梅が帰って来て、
梅「まア旦那何うなすったよ、みっともないよ」
永「おゝ宜《い》い処へ来た」
梅「もし何ですよ、お繼はキエ/\と云って駈けて往《ゆ》きましたが、貴方もみっともないよ跣足《はだし》でさ」
永「一寸《ちょっと》お前|此処《こゝ》へ来な……お梅はん、お繼が逃げたから最《も》う是までじゃア、詮事《しょこと》がない、さア私《わし》も最早命はない、お前も同罪じゃでなア、七兵衞さんはお前と私《わし》の間《なか》を知って五十両金の
前へ 次へ
全31ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング