西国巡礼に」
繼「おや私も西国へ。よく似て居りますねえ」
山「えゝよく似て居りますねえ」
繼「お前さん何方《どちら》へお泊り」
山「山道へ掛って様子は知らぬが、落合まで日の暮々《くれ/″\》はと思って急いで参りました、お前さんは何方へ」
繼「私も落合と思って、何うもよく似て居ますねえ」
山「えゝ何うもよく似て居ますなア」
繼「あなた私を連れて行って下さいませんか」
山「えゝ、一緒に参りましょう」
繼「それじゃア何卒《どうぞ》」
山「一生懸命に攫《つかま》ってお出でなさい」
繼「何卒お連れなすって下さい」
 と互に信心参《しんじんまいり》の事でございますから、お互いに力に思い思われまして、
山「何か落すといけませんよ」
繼「はい柄杓も此処に有ります」
 と笠を片手に提《さ》げて、山之助の案内で、漸く往来まで這登《はいのぼ》りまして、これから落合の宿《しゅく》に泊ったのが山之助とお繼の始めての合宿で、互いに同行二人力に思い合って、これから二人で西国三十三番の札を打ちますと云う、巡礼敵討の始りでございます。

        五十

 山之助お繼は其の晩遅く落合に泊り、翌朝《よくちょう》になりまして落合を出立致して、大井《おおい》といふ処へ出ました。これから大久手《おおくて》細久手《ほそくて》へ掛り、御嶽《おんたけ》伏水《ふしみ》といふ処を通りまして、太田《おおた》の渡しを渡って、太田の宿の加納屋《かのうや》という木賃宿に泊ります。ちょうど落合から是れまでは十二里余の道でございますが、只今とは違って開《ひら》けぬ往来、その頃馬方が唄にも唄いましたのは木曾の桟橋《かけはし》太田の渡し、碓氷峠《うすいとうげ》が無けりゃア宜《よ》いと申す唄で、馬士《まご》などが綱を牽《ひ》きながら大声で唄いましたものでございます。さて時候は未だ秋の末でございますが、此の年の寒さも早く、殊に山国の習いで、ちらり/\と雪が降って参りまする。山之助お繼も致し方がございませんから無理にも出立致そうと思いまするが、だん/\と雪の上に雪が積りまして、山又山の九十九折《つゞらおり》の道が絶えまするから、心ならずも先《まず》此処《こゝ》に逗留致さんければ相成りません[#「相成りません」は底本では「相成りせん」]、なれども本来《もと/\》修行の身の上でございますから、雪も恐れずに立とうと思うと、山之助が慣れぬ旅の心配を致しました故《せい》か、初めて病と云うものを覚えて、どうと枕に就《つ》きまする。加納屋の亭主も種々《いろ/\》心配致しまするが、連《つれ》の者が居るから手当は出来ようと医者を連れて来て薬を貰い、種々と手当を致しますが、何分にも山之助の病気は容易に全快致しません。此の中《うち》の介抱は皆お繼が致して遣りますが、女で親の敵を討とうと云う位な真心《まごゝろ》な娘でございますから、赤の他人の山之助をば親身の兄を労《いた》わるように、寝る目も寝ずに親切に介抱を致します。山之助は心配をいたして種々と申しますると、
繼「なに仮令《たとえ》半年一年の長煩《ながわずら》いをなすっても私が御詠歌を唄って報謝を受けて来れば、お前さん一人位に不自由はさせません、それに私も少しは儲《たくわ》えが有るから、まア/\決して心配をなさるな」
 と云って山之助に力を附けます。また時々塩を貰って温石《おんじゃく》を当てる、それは実に親切なもので。すると俗に申す通り一に看病二に薬で、お繼の親切が届いて其の年の暮には追々と全快致し、床の上に坐って味噌汁位が食えるように成りましたから、お繼は悉《こと/″\》く悦んで、或日のこと、
繼「山之助さん、今日は余程《よっぽど》お加減が宜うございますねえ」
山「お繼さん誠に有難う、私はまア斯様《こんな》にお前さんの介抱を受けようとは思いませんかったが、不思議な縁で連に成ったのも矢張《やっぱり》笈摺を脊負《しょ》ったお蔭、全く観音様の御利益《ごりやく》だと思います、実に此の御恩は死んでも忘れやア致しません」
繼「何う致しまして、斯《こ》んな事はお互でございます、お前さんも西国巡礼私も西国を巡《めぐ》るので、一人では何だか心細うございますが、一緒に行《ゆ》けば何処《どこ》を流しても同行二人でお互いに力に成りますから」
山「誠に有難いことで」
繼「山之助さん、誠に寒くていけませんし、斯う遣《や》って別々に長く泊って居りますと、蒲団の代ばかりでも高く付きますから、私の考えでは蒲団を返してしまって、下へはお前さんと私の着物などを敷いて左様《そう》して上に一枚蒲団を掛けて、一緒に寝る方が宜《よ》いかと思いますが、お前さん厭でございますか」
山「えゝ寝ても宜うございますけれども、お前さんが男なら宜いが、女だからねえ、私は何うも一緒に寝るのは悪うございますから」
繼「何も宜《い》いじゃア有りませんか、お前さんの長い煩いの中《うち》には私が足を摩《さす》って居ながら、つい転《ころ》りとお前さんの床の中へ寝た事もございますよ」
山「左様《さよう》ですかねえ」
繼「本当に費《ついえ》では有りませんか、是からも未だ長い旅をするのに、銘々《めい/\》蒲団の代を払うのは馬鹿々々しゅうございますよ、却って一人寝るより二人の方が温《あった》かいかも知れません」
山「じゃアお繼さん脊中合せに寝ましょう、けれどもねえ女と男と一つ寝をするのは何だか私は極りが悪いし、観音様にも済みませんから、茲《こゝ》に洗った草鞋の紐が有りますから、是を仕切に入れて置いて、是から其方《そっち》がお前さん、是から此方《こっち》は私としてお互に此の仕切の外へ手でも足でも出したら、それだけの地代《じだい》を取る事に致しましょう」
繼「それじゃア脊中合せが温《あった》かいから」
 と云うので到頭|脊中合《せなかあわせ》に成って寝ました処が木曾殿と脊中合せの寒さ哉《かな》で、何処となくすう/\風が這入って寒うございますから、枕の間へ脚半も入れましょう、股引も入れましょうと云って種々な物を肩に当てゝ、毎晩々々二人で寝る事に成りましたが、斯ういう事は決して遊ばさぬが宜《よ》い。どんなに堅いお方でも其処《そこ》は男女《なんにょ》の情合《じょうあい》で、毛もくじゃらの男でも、寝惚《ねぼけ》れば滑《すべ》っこい手足などが肌に触れゝば気の変るもの、なれども山之助お繼は互に大事を祈る者、一方は親の敵一方は姉の敵を打とうと云う二人で、固《もと》より堅い気象でございますから、決して怪しい事などはございませんが、だん/\親しくなって来ると。
繼「山之助さん」
山「あい」
繼「私はまア不思議な御縁で毎晩斯う遣ってまア、お前さんと一つ夜具の中で寝ると云うものは実におかしな縁でございますねえ」
山「えゝ余程《よっぽど》おかしな縁ですねえ」
繼「私はお前さんに少しお願いが有りますがお前さん叶えて下さいますか」
山「何の事でございますか、私は病気の時はお前さんが寝る目も寝ずに心配して看病して下すった、其の御恩は決して忘れませんから、私の出来る丈《だけ》の事は仕《し》ますがねえ、何ですえ」
繼「私は只斯う遣って、お前さんと共に流して巡礼をして西国を巡りますので、三十三番の札を打つ迄はお前さんも御信心でございますから、決して間違った心は出ますまいし、私も大丈夫な方とは思いますが、気が置かれてねえ、何か打明けてお話をする事も出来ませんけれども、私も身寄兄弟は無し、江戸に兄が一人有りますが、これも絶えて音信《おとずれ》が無いから、今では死んだか生きたか分りません、若《も》し兄が亡《な》い後《のち》は私は全く一粒種で」
山「何うもよく似た事が有りますねえ、私も一人の姉が有りましたが、姉が亡くなってからは私も一粒種で、親は有ると云っても、十六七年も音信が無いから、死んだか生きたか分らぬから、真に私も一人同様の身の上だがねえ」

        五十一

繼「まア何うも、然《そ》うでございますか、それじゃア三十三番の札を打ってしまって、お互いに大願成就の暁には生涯私の様な者でも力に成って下さいませんか、本当にお前さんの志の優しいのは見抜きましたから」
山「私もお前さんに力に成って貰いたいと思ってねえ、私は彼様《あん》な煩いなどが有って、お前さんが無かったら大変な所を、信実《しんじつ》に介抱して下すったので、お前さんの信実は見抜いたから、その信実には本当に感心して惚《ほれ》る……と云う訳じゃア無いが、真にお前さんは好《い》い人と思って」
繼「えゝ」
山「だから私は真に力に思って居ますねえ」
繼「そうして斯う男と女と二人で一緒に寝ますと、肌を触《ふれ》ると云って仮令《たとえ》訝《おか》しな事は無くっても、訝しい事が有ると同《おんな》じでございますとねえ」
山「なにそんな事は有りません、おかしい事が無くて同《おんな》じと云うわけは有りやアしません……だからいけない、互に観音様へ参る身の上だから、先《せん》に私が別に寝ようと云ったんだ」
繼「そんな無理なことを云っちゃア済みませんが、お前さんも身が定まれば、何時《いつ》までも一人では居《お》られないから、お内儀《かみ》さんを持ちましょう」
山「えゝそりゃア是非持ちます」
繼「不思議な御縁で斯う遣って一緒に成りましたが、三十三番の札を打って、お互に大願成就してから、私の様な者でもお内儀さん……にはお厭でございましょうけれども、可愛そうな奴だから力になって遣ると仰しゃって置いて下されば、誠に私は有難いと思いますが」
山「そう成って下されば、私の方も有難い、本当に左様《そう》成って呉れゝば有難いねえ」
繼「本当にお前さんが左様《そう》仰しゃれば真実生涯見棄てぬ、末は夫婦という観音様に誓いを立って…貴方も私も外《ほか》に身寄は有りませんが、改めて仲人《なこうど》を頼んで…斯うという事に成りますれば、私は江戸の葛西に伯父さんが有るから、その伯父さんが達者で居《い》れば、その人がちゃんと身を堅める時の力になろうと思います、勿論それを舅《しゅうと》にして始終一緒にいる訳でも有りませんが……左様《そう》なれば私も一大事を打明けて云いますから、お前さんも身の上を隠さずに互に話をいたしたいと思いますが」
山「左様《そう》観音様に誓いを立って、私の様な者を亭主に持って呉れるなら、私は本当にお前に打明けて云う事が有るけれども、若《も》し途中でひょっと別れる様な事に成って、喋られると大変だから、うっかりと打明けて云われないねえ」
繼「私も打明けて云いたいが一大事の事だから……若し男の変り易い心で気が変った後《あと》で、他へ此の話をされると望みを遂げる事が出来ぬと思って、隠して居りますが、本当に私は大事のある身の上」
山「私も一大事が有るのだよ」
繼「左様《そう》……よく似て居ますねえ」
山「本当によく似てるねえ」
繼「まアお前さん云って御覧」
山「まアお前から云いなさい」
繼「まアお前さんからお云いなさいな、打明けて云やア私を見棄てないという証拠になるから」
山「でも一大事を云ってしまってから、お前がそれじゃア御免を蒙ると云って逃げられると仕様が無いからねえ」
繼「私は女の口から斯ういう事を云い出すくらいだから、そんな事は有りませんよ、本当にお前さんを力に思えばこそ、死身《しにみ》に成って、亭主と思って、お前さんの看病をしました」
山「誠に有難う、そう云う訳なら私から云いましょうがねえ…実はねえ…まアお前から云って御覧」
繼「まアお前さんから仰しゃいな」
山「うっかり云われません……全体其のお前は何だえ」
繼「私は元は江戸の生れで、越中高岡へ引込《ひっこ》んで、継母《まゝはゝ》に育てられた身の上でございます…誰《たれ》か合宿《あいやど》が有りやアしませんか」
山「あの怖い顔の六部が居ましたが、彼奴《あいつ》が立って行って誰《だれ》も居ないよ」
繼「実は山之助さん、私は敵討《かたきうち》でございますよ」
山「えゝ敵討だと、妙な事が有るものだねえ、お繼さん私も実は敵討で出た者だよ」
繼「あらまアよく似て居ますねえ」
山「本当によく似てるが
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