四十三

やま「はい、あのお前さんが情知らずのお人かと存じます、惠梅様と云う女房《にょうぼ》が災難で切殺されて、明日《あした》法事をなさると云う、お寺参りに往《ゆ》く身の上じゃア有りませんか、その女房《にょうぼう》が死んで七日も経《た》たぬ中《うち》に、私《わたくし》に其様《そん》な猥《いや》らしい事を言掛けるのは、余《あんま》り情《じょう》のない怖ろしいお方と、ふつ/\貴方には愛想《あいそ》が尽きました」
又「惠梅も憎くはないが、実は私《わし》が殺したのじゃア」
やま「え……」
又「さア、斯《こ》う私《わし》が悪事を打明けたら致し方はない、実は私が殺したのじゃア、お前此の間何と云うた、惠梅さんと云うお方は貴方の女房じゃアないか、彼《あ》のお方に義理が立ちません、私の云う事は聴かれませんと云うから、惠梅がなければ云う事を聴こうかと思うて、殺して此方《こちら》へ帰って来たのじゃア、何うじゃア」
やま「まアどうも怖いお方でございます」
 と慄《ふる》えながら云うのを山之助は寝た振りをして聞いて居りましたが、うっかり口出しも出来ぬから、何うしよう、こっそり抜出し、伯父の処へ駈けて往《い》こうかと種々《いろ/\》心配して居りますと、
又「お前これ程まで云うても云うことを聴かれぬか」
やま「聴かれません、怖くって、恐ろしい、お置き申すわけにはいきません、只《た》った今おいでなすって下さい」
又「云う事を聴かれぬ[#「聴かれぬ」は底本では「聴かれね」]時は仕方がない、今こそは寺男なれども、元|私《わし》は武士じゃア、斯う言出して恥を掻《かゝ》されては帰られませんわ、さア此処《こゝ》に私の刃物がある」
やま「あれ、脇差を持っておいでなすったね」
又「さア、可愛さ余って憎さが百倍で殺す気に成るが、何うじゃア」
やま「これは面白い、はい、私が云う事を聴かない時は殺すとは恐ろしいお方、さア殺すならお殺しなさい」
又「これさ、何うしてお前が可愛くって殺せやあせぬ、殺すまでお前に惚れたと云うのじゃ」
やま「何を仰しゃる、死ぬ程惚れられても私は厭だ、誰が云う事を聴くものか、厭で/\愛想が尽きたから行って下さいよう」
又「愛想が……本当に切る気に成りますぞ」
やま「さアお切りなさい」
又「然《そ》う云われても殺す気ならば、是ほど思やアせんじゃアないか、えゝか、ほんに云う事を聴かぬと、私《わし》は思い切って切りますぞ」
 と嚇《おど》す了簡と見えて、道中差を四五寸ばかり抜掛けました。是を見るとおやまは驚きまして、
やま「あれえ人殺し」
 と云って駈出しました。山之助も驚き飛上り、又市の髻《たぶさ》を把《と》って、
山「姉《あね》さんを何うする」
 と引きましたが、引かれる途端に斯う脇差が抜けました。一方《かた/\》は抜身を見たから、
やま「人殺しイ」
 と駈出しますのを又市は、人殺しと云うは惠梅を殺した事を訴人《そにん》すると心得ましたから、人を殺し又悪事を重ねても己《おのれ》の罪を隠そうと思う浅ましい心からおやまを遣《や》っては成らぬと山之助を突除《つきの》けて土間へ駈下《かけお》り、後《うしろ》から飛かゝって、おやまの肩へ深く切掛けました。おやまは前へがっぱと倒れる、山之助は姉の切られたのを見て驚き、うろ/\して四辺《あたり》を見廻しますと、枕元に合図の竹法螺《たけぼら》が有りますから、是を取って切られる迄もと、ぶうー/\と竹法螺を吹きました。山家《やまが》では何方《どちら》にも一本ずつ有りまして、事が有れば必らず是を吹きますから、山之助が吹出すと直《じき》隣でぶうーと吹く、すると又向うの方でぶうーと云う、一軒吹出すと離れて居ても山で吹出す、川端の家でも吹出すと、村中で家数《いえかず》も沢山《たんと》は有りませんが、ぶうー/\と竹法螺を吹出し、何事かと猟人《かりゅうど》も有るから鉄砲を担《かつ》ぎ、又は鎌|或《あるい》は鋤《すき》鍬《くわ》などを持って段々村中の者が集まるという。これから水司又市を取押えようとする、山之助おやま大難のお話でございます。

        四十四

 水司又市は十方でぶう/\/\/\と吹く竹螺《たけぼら》の音《ね》を聞きまして、多勢の百姓共に取捲《とりま》かれては一大事と思いまして、何処《どこ》を何う潜《くゞ》ったか、窃《ひそ》かに川を渡って逃げた跡へ村方の百姓衆が集って来ましたが、何分にも刃物は利《よ》し、斬人《きりて》は水司又市で、お山は余程の深傷《ふかで》でございますから、もう虫の息になって居る処へ伯父が参り、
多「あゝ情ない事をした、そんな悪人とは知らずに、恩返しの為だから丹誠をして恩を返さんければならぬと云って、直《すぐ》に行《ゆ》こうと云うのを無理に留めたが、それが現在自分の連れて来た比丘まで殺して、其の上無理恋慕を言掛けて此の始末に及ぶと云うは悪《にく》い奴、お山何か思い置く事が有りはしないか」
 と云うと、山之助も涙ばかり先立ち、胸が閉じて口を利く事も出来ませんが、漸《ようや》くに気を取直して。
山「姉《ねえ》さん/\確《しっか》りしてお呉んなさいよ、今お医者様を呼びに遣《や》りましたから、確かりしてお呉んなさいよ」
 と云う。伯父もお山の傍《そば》へ参り耳に口を寄せて、
多「お山やア/\しっかりして呉れよ」
 と呼びまする。その声が耳に入《い》ったから、がくりッと心付いて、起上って見ると、鼻の先に伯父が居り弟も居りますが、もう目も見えなくなりましたが、やっと這出して山之助の手を握り、
やま「山之助」
山「あい姉《あね》さん確かりしてお呉んなさいよ伯父さんも此処《こゝ》へ来て居ますよ、村方の百姓衆も大勢来て、手分をして又市の跡を追手《おって》を掛けましたから、今にお前さんの敵《かたき》を捕えて、簀巻《すまき》にして川へ投《ほう》り込むか、生埋《いきうめ》にして憂目《うきめ》を見せて遣ります、姉さん今にお医者様が来ますから、確かりしてお呉んなさい」
やま「伯父さん」
多「あい此処に居りやすから心を慥《たし》かに持ってな、此の位の傷では死にやアしなえから、必ず気を丈夫に持たねえではいけないぞ」
やま「あい伯父さん、永々御厄介になりまして、十六年あとにお父様《とっさま》が屋敷を出て行方知れずになってから、親子三人でお前様のお世話になり、其の中《うち》お母様《っかさま》も亡くなってからは、山之助も私もお前様に育てられ、お蔭で是れまでに大きく成りましたから、山之助に嫁を貰って、私はお前|様《さん》のお力になり、御恩を送る積りで居りましたが、何の因果か悪人の為に、私は伯父さんもう迚《とて》も助かりません、これまで信心をして、何卒《どうぞ》御無事でお父様がお帰り遊ばすようにと、無理な願掛《がんがけ》を致しましたが、一目お目に懸らずに死にまするのは誠に残念でございます、私の無い跡では猶更身寄頼りの無い弟、何卒目を掛けて可愛がって遣って下さい、よ伯父さんお頼み申しますよ」
多「あいよ、そんな心細い事を云って己も娘ばかりでござりやすし、外《ほか》に身寄頼りの無い身の上、娘はあの通りのやくざ阿魔で力に成りやアしねえから、お前方《めえがた》二人が実の娘より優しくして呉れたから、力に思って居るのに、今|汝《われ》に死なれては、年を取った己は何も楽みが無いだ、よう達者に成って親父に逢おうと云う心で無くちゃアならないぞ」
やま「はい私は何うも助かりません……山之助や、は、は、は、又市の額には葉広山で受けた創《きず》が有るし、元は彼奴《あいつ》も榊原の家来だと云ったが、彼奴の顔は見忘れはしまいなア」
山「あい見忘れはしません」
やま「汝《てまえ》も武士の忰だ、心に懸けて又市の顔を忘れるな」
山「あい決して忘れやしません、姉様確かりして下さいよ」
やま「若《も》しお父様が御無事でお帰りが有ったら、私は災難で悪人の為に非業な死を致しました、一目お目に懸らないのが残念だと云って、お父様に先だつ不孝のお詫をしてお呉れ」
 と後《あと》を言い残して、かかかかかっと続けて云うのは、咽喉《のど》が涸《かわ》くから水をと云いたいが、口が利けなくなって手真似を致します。伯父が是を見て、
多「咽喉が涸くだから、水を飲ましたら宜かろう」
 と手負いに水を与えてはならぬと申す事は素《もと》より心得て居りまするが、伯父は心ある者で、もう迚《とて》も助からぬから、臨終《いまわ》の別れと水を飲ませるのが此の世の別れ、おやまはそれなり息が絶えました。これを見ると山之助はわっと其の場に泣倒れます。なれども伯父は、
多「何うも致し方が無い、幾ら泣いても姉の帰るものじゃアないから諦めるが宜い、若し貴様が煩うような事が有っては己が困る」
 と云い、村方のお百姓衆も色々と云って山之助に力を附け、漸《ようや》くの事で村方の寺院へ野辺の送りを致しました。

        四十五

 扨《さて》お話二つに分れまして、丁度此の年越中の国射水郡高岡の大工町、宗円寺といふ禅宗寺の和尚は年六十六歳になる信実なお方で、萬助という爺《じゞい》を呼びに遣《や》ります。
和「おゝ萬助どんか、来たら此方《こっち》へ這入りなさい」
萬「へへえ何うも誠に御無沙汰を致しました、一寸《ちょっと》上らんければならぬと存じましたが、盆前はお忙がしいと思いまして、それ故にはア存じながら御無沙汰を致しました、それに又|婆《ばゝあ》が病気で足腰が立ちませんで、私《わし》もまア迚《とて》も/\助からぬと思って居ります……なに最う取る年でござりますから致しかたは無いと思いますが、私が先へ死んで婆が後《あと》へ残って呉れなければ都合が悪いと、へえ存じますが、何うも婆の方が先へ死にそうで……いゝえなに老病《としやみ》でござりましょうから、思うように宜くはなりません、それ故に御無沙汰を、えゝ只今急にお使で急いで出ましたが、何か御用で」
和「あいまア此処《こゝ》へ来なさい」
萬「へえ御免を蒙ります」
和「さて萬助どん、外《ほか》の訳じゃア無いが、まアお前の頼みに依って私《わし》が処《とこ》へ逃込んで来て、何う云うものか、それなりにずる/\べったりに成って居《い》るのは、藤屋《ふじや》の娘のお繼じゃて」
萬「はい/\/\、何うも御厄介でござりまして、誠にはア私《わし》が貧乏な日傭取《ひようとり》で、育てる事も出来ませぬなれども、私の主人の娘で何《ど》の様《よう》にもとは思いましたが、ついはや好《よ》い気になって和尚様へ押付放《おしつけぱな》しにして何《なに》ともお気の毒様、へえ誠に有難い事でござりまして、若し此方《こなた》が無ければ致し方のないわけでござります」
和「誠に彼《あれ》は怜悧《りこう》な者でなア、此処へ遁込《にげこ》んでから、私《わし》が手許を離さずに側で使うて居《い》る、私が塩梅《あんばい》悪いと夜も寝ずに看病をする、両親が無いとは云いながら年の行《ゆ》かぬのに、あゝ遣《や》って他人の世話をするのは実に感心じゃ、実にそりゃア立派な者も及ばぬくらい、それで私は彼が可愛いから、小さい時分から袴を着けさせて、檀家へ往《ゆ》く時は必ず供に連れて行《ゆ》くと、彼も中々気象が勝って居て、男の様で、ベタクサした女の様な事が嫌いだから、今迄は男のつもりで過ぎたが、もう今年は十六歳じゃ、十六と成っては若衆頭《わかしゅあたま》でも何処《どこ》か女と見え、臀《しり》もぼて/\大きくなり、乳房もだん/\大きくなって何様《どない》な事をしても男とは見えないじゃ、すると中には口の悪い者が有って、和尚様はまア男の積りにして彼《あ》の娘を夜《よ》さり抱いて寝るなどゝ云う者も有るで、誠に何うも困るて、それからまア何うか相当の処が有ったら縁付けたいと思って居ると、彼も方々で可愛がられるから、少し宛《ずつ》の貰い物もある、処が小遣や着る物は皆私に預けて少しも無駄遣いはせんで、私の手許に些少《ちっと》は預りもあり、私も永く使った事だから、給金の心得で貯《の》けて置いた金も有るじゃ、それに又少し足して、十両二十両と纒《まとま》った金が出来た
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