の味を覚えて、真にあゝ云う人ならと先方《むこう》から惚れて、伯父さん嫁に遣《や》ってようと先方から云うよ」
典「うーん然《そ》う旨く往《い》くかえ」
傳「それは大丈夫いきますとも」
とそれから様子を窺《うかゞ》って居ると、八月の十八日は白島村の鎮守の祭礼で、今日は屹度来るに相違ない、何うかして担ぎ出そうと昼から附けて居ると、昼の中《うち》は用が有るから物見遊山にも出ず、不動様へお参りに行《ゆ》くだけで、夜《よ》に入《い》って山之助と二人で、祭礼だから見て来ようと云って来ると、突然《だしぬけ》に竹藪の茂みから駈出して来て、おやまを担ぎ上げて、どん/\/\/\林の小路《こみち》へ駈上りました事でございますから、山之助は盗賊《どろぼう》……勾引《かどわかし》……と呼んで跣足《はだし》で追掛《おっか》けると山之助は典藏に胸をどんと突かれましたから、田の中へ仰向《あおむけ》に転がり落ちます。其の中《うち》にどん/\と路《みち》を走り、葉広山まで担いで駈上ります。折から雨がざあー/\と降出して来ましたが、その中をどん/\滑る路を漸々《よう/\》と登りまして芝原へおやまを引据《ひきす》えて、三人で取巻く途端、秋の空の変り易《やす》く忽《たちまち》に雲は晴れ、木《こ》の間《ま》を漏れる月影に三人の顔を睨《にら》み詰め、おやまは口惜《くやし》いから身を慄《ふる》わして芝原へ泣倒れました。
三十六
傳「おい姉《ねえ》さん、泣いたっていけねえ、おい、お前《めえ》本当に今日|斯《こ》う遣《や》って担《かつ》ぎ上げたのは酷《ひど》い、盗賊《どろぼう》勾引《かどわかし》と思うだろうが、然《そ》うでない、実は旦那が又惚れたんだ、お前が籤《さし》をぽんと投付けて否《いや》だと云ったので、何うも堅い娘だ、感心だ、あんな女を女房《にょうぼ》に貰わないでは己《おれ》が一旦口を出したのが恥だから、お父《とっ》さんの帰った時はどの様にも詫《わび》をする……担ぎ上げたのは酷いが、話を為《し》たいからの事だが、これから柳田の旦那の処《ところ》へ行って……なに泊めやアしない、一寸《ちょっと》彼処《あすこ》で酒の相手をして、な、否てえば仕方がねえ、私《わっち》が中へ這入って旦那に済まねえ、済まねえから二人で腕を押え足を押えて居ても、否でも応でも旦那に思いを遂げさせなくちゃアならねえが、左様《そう》すればお前得心ずくでなく疵《きず》を付けられて、他《ほか》へ縁付く事も出来ねえ、それよりはうんと云って得心さえすれば弟御《おとうとご》も仕合《しあわせ》、旦那も斯《こ》んな挙動《まね》を為たくはねえが、お前があゝ云う気性だから仕方がねえ、よう後生だ、ようそれで連れて来たんだ、私が困るから諾《うん》と云って、よう後生だから諾と云って呉んねえ」
やま「さア殺しておしまい、何うも恐しい悪党だ、徒党をして山へ連れて来て慰さもうとする気か、舌を噛んでも人に肌身を汚《けが》されるものか、さア殺してしまえ」
傳「それじゃア仕様がねえ、おいそんな事を……お前《めえ》が否だと云えば手足を押えても□□ぜ」
やま「慰めば舌を喰切って」
典「なに」
傳「旦那腹を立ってはいけねえ、おい姉《ねえ》さん、お前《めえ》否だと云えば仕方がない」
と無理遣《むりやり》に手を取りますると、
やま「何を、放せえ」
と手に喰付きますから、
傳「いけねえ、此のあまっちょ、おい庄吉さん□□□□□□」
と□□□押転《おしこか》し、庄吉は足を押える。
やま「ひー殺してしまえ、殺せえ」
と云う声は谺《こだま》に響きます、後《うしろ》の三峰堂《みみねどう》の中に雨止《あまやみ》をしていた行脚《あんぎゃ》の旅僧《たびそう》、今一人は供と見えて菅《すげ》の深い三度笠《さんどうがさ》に廻し合羽で、柄前《つかまえ》へ皮を巻いて、鉄拵《てつごしら》えの胴金《どうがね》に手を掛け、千草木綿《ちくさもめん》の股引に甲掛草鞋穿《こうがけわらじばき》で旅馴れた姿、明荷《あけに》を脇に置き、一人は鼠の頭陀《ずだ》を頸《くび》に掛け、白い脚半《きゃはん》に甲掛草鞋。
男「あゝ気の毒な、助けて遣《や》らん」
と飛出しましたのは前《ぜん》申上げました水司又市の永禪和尚、彼《か》の川口の薬師堂に寺男になって居ると、尼様に寺男が御経を教えて居る、あれは寺男が本当の坊主の果で有ろうと段々噂が高くなり、薄気味が悪いから、川口を去って越後から倉下道《くらげみち》を山越をして信濃路へ掛って、葉広山の根方を通り掛ると村雨に逢い、少しの間|雨止《あまやみ》と三峰堂へ這入って居ると、雨も止みましたから、支度をして出ようと思う処へ人殺し、殺してしまえと云う女の鉄切《かなき》り声ゆえ、つか/\と飛出しまして、又市は物をも言わずに、娘の腕を押えて居りました傳次の襟髪《えりがみ》を取って引倒し、足を押えて居た庄吉の頤《あご》を土足で蹴倒しますると、柳田典藏は驚き、何者だと長いのを引抜いて振上げる。此方《こちら》も透《すか》さず道中差をすらりっと引抜き、
又「何者とは何《なん》だ、悪い奴らだ、繊弱《かよわ》い女を連れて来て、手前達《てまいたち》が何か慰もうと云うのか、ひい/\泣く者を不埓な奴だ、旅だから許してやる、さっ/\と行《い》け、兎《と》や角《こ》う云えば承知致さぬぞ、さっさっと行け」
傳「あゝ痛《いた》え、突然《だしぬけ》に無闇と蹴やアがって、飛んだ奴だ、手前《てめえ》は訳を知るめえが己達は勾引《かどわかし》でも何でもねえ、この女《あまっちょ》には訳があって旦那に済まねえ廉《かど》が有るから、此方《こっち》が為になる様に納得させようと思って居るのに、きいきい云やアがるから嚇《おど》しに押えるのだ、お前《めえ》は何も知らねえで、何もいらざる所へ邪魔アしやアがるな、旅の者だと吐《ぬか》しやアがる手前は」
と月影で顔を見合せると、互に見忘れませぬ。又市も傳次も見たようなと思うと、庄吉は宗慈寺に旧来奉公して居りましたから永禪和尚の顔を能《よ》く知って居りますから、
庄「えゝ/\/\貴方は高岡の永禪様」
永「庄吉か」
庄「永禪様か」
と此の時は又市も驚きまして、此奴《こいつ》らは吾《わが》身上《みのうえ》を知って居る上からは助けて置いては二人の難儀と思い、永禪和尚と声を掛けられるや否や持って居た刀で庄吉の肩へ深く切付ける、庄吉はきゃアと云って倒れる。傳次は驚いて逃げに掛る処を袈裟掛《けさがけ》に切りましたから、ばったり倒れると、柳田典藏は残念に思い、この乱暴人と自分の乱暴人を忘れ振冠《ふりかぶ》って切掛ける。又市は受損じ、蹌《よろ》めく機《はず》みに又市が小鬢《こびん》をはすって頭《かしら》へ少し切込まれたが、又市は覚えの腕前返す刀に典藏が肱《ひじ》の辺《あたり》へ切込みますと、典藏は驚き、抜刀を持ちながらばら/\/\/\山から駈下《かけお》りました。傳次は面部へ疵《きず》を受けながら、
「太《ふて》え奴だ人殺し」
と又市の足へ縋《すが》り付く処を。
又「放せえ、うーん」
と止《とゞ》めを刺しましたから、其の儘息は絶えました。
永「惠梅々々」
梅「はい恟《びっく》りしました」
又「宜《い》いかえ」
梅「あゝ怖い」
又「お前は嘸《さぞ》怖かったで有ろうのう、斯様《かよう》な奴を助けて置くと村方を騒がして何《ど》の様《よう》なる事を為《す》るかも知れぬから、土地の助けに殺したのだ」
やま「有難うございます、命の親でございます」
と手を合せたが、おやまは後《あと》へ下《さが》る、是は又市が刃物を持って居りますから気味が悪いから後へ下る。
又「何も心配は無いから」
と血《のり》を拭《ぬぐ》って鞘《さや》に納め、額の疵へ頭陀の中より膏薬《こうやく》を出して貼付け、後鉢巻《うしろはちまき》をして、
又「さア是から家《うち》まで送ろう」
とおやまの手を取って白島村へ帰ろうとする途中、山之助が帰って伯父に知らせたから、村方の百姓二十人|許《ばか》りおやまの行方を捜しに来る者に途中で出逢い、これから家まで送り届けると云う。是が縁に成って惠梅と水司又市の二人がおやま山之助の家へ来て永く足を留める。これが又一つ仇討《あだうち》に成りまする端緒《いとぐち》でございます。
三十七
おやまの危《あやう》い処《ところ》を助けて、水司又市と惠梅比丘尼は彼《か》のおやまの家《うち》まで送って参る途中で出会いました者は、弟山之助に村方の者でございます。
山「姉は何処《どこ》へ担がれて参ったかと、伯父多右衞門と大きに心配して尋ねに参る処で、貴方が助けて下すったか有難う存じます」
皆々も大悦びでございます。
又「実は斯《こ》う云う訳で、図《はか》らずも通り掛ってお助け申したが実に危《あぶな》い事であった、併《しか》しお怪我もなくて幸いの事で有りましたが、就《つい》ては私《わし》も止むを得ず二人まで殺したからは其の届を出さなければ成るまいが」
多「はい/\届けましても御心配はございません、重々悪い事が有る奴でございますから」
と是から名主へ届けました処が、素《もと》より悪人という事は村方で大概ほしの付いて居ります旅魚屋の傳次なり、おやまを辱《はず》かしめようとした廉《かど》があり、直《すぐ》に桑名川村へ調べに参ると、典藏は家を畳み、急に逐電致しました故、此の事は山家ではあるし、事なく済みましたが、此方《こっち》は急ぐ旅でないから疵《きず》の癒《なお》る間逗留して下さいと云われ、おやま山之助二人暮しの田舎|住居《ずまい》、又市は幸いにして膏薬を貼って此の家《いえ》に逗留して居る間は、惠梅比丘尼は方々へ斎《とき》に頼まれて参り、種々《いろ/\》な因縁話を致しまして、
梅「私も因縁あって尼になり、誠に私は若い時分種々の苦労も有ったが、只今では仏道に入《い》って胸の雲も晴れて、実に世の中を気楽に渡る、是が極楽と申します」
などと、尤《もっと》もらしい事を云うと、田舎の百姓衆は此方《こちら》へ何卒《どうぞ》いらっしゃって、私の親類が三里先に有りますが、是へもと云ってお布施を貰い、諸方へ参ってお斎を致しますと、お布施の外《ほか》に割麦《ひきわり》或《あるい》は粟《あわ》稗《ひえ》などを貰って、おやまの家《うち》の物を食って居るから、実は何時《いつ》までも置いて貰いたいと思って居りますうちに疵も癒り、或日《あるひ》惠梅比丘尼は山之助と隣村まで参りまして、又市は疵口の膏薬を貼替えまして、白布で巻いては居りますが、疵も大方|癒《いえ》たから酒好《さけずき》と云う事を知り、膳立《ぜんだて》をして種々の肴を拵《こしら》えまして、
やま「もしあなた、一杯お酒を癇《つ》けましたから召上りませんか、お医者様も少し位召上っても障《さわ》りには成らないと仰しゃりますから、一口召上りまして」
又「いや誠に有難う、大した事ではなし、一体酒が好《すき》で旅をするには一杯飲めば気が晴れるから、宿で一杯出せば尼様に隠して内所《ないしょ》で飲むこともある、これは/\有難う……えゝお前はまア姉弟衆《きょうだいしゅう》二人ながら仲よう稼ぎなさる、暗いうちから起きて糸を繰ったり機《はた》を織ったり、また山之助さんは牛馬《ぎゅうば》を牽《ひ》いて姉弟で斯う稼ぐ人は余り見た事がない、実に感心の事じゃ」
やま「いゝえもう二人ながら未だ子供のようでございます、彼《あれ》が年も往《い》きませんから届きません、只私を大事にして呉れます、日々あゝやって御城下へ参りまして、荷を置いて参ります、又|彼方《あちら》から参る物は此方《こちら》へ積んで参りまして少々の賃銭《ちんせん》を戴きます、はい宜く稼ぎますが、丁度飯山の御城下へまいり、お酒の美《よ》いのを買って参りましたが、お肴は何《なん》にもございませんが、召上って下さいまし」
又「いや此処《こゝ》らは山家でも御城下近いから便利でございます、一杯頂戴致しましょう、是ははい御馳走に成ります……一杯|酌《つ》いで下さい、四五日酒を止《や》めて居たので酔いはせんか
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