《もん》でげすな、お前《めえ》さんの云う通り白髪《しらが》の島田はないからねえ、何うも仕様がないね何うも」
典「貴公|私《わし》の名前を先方《せんぽう》へ言いますまいねえ」
傳「私《わっち》は左様《そう》言いましたよ、柳田典藏|様《さん》と云う手習《てなれえ》の師匠で、易を立《たっ》て斯《こ》うとすっかり列《なら》べ立ったので」
典「それは困りますね、姓名を打明《うちあか》して呉れては恥入るじゃアないか」
傳「だって余程《よっぽど》受けが宜かろうと思って列べたので」
典「それはいかぬ、先《まず》先方で縁談が調《とゝの》うか否《いな》かを聞いて詳《くわし》くは[#「詳《くわし》くは」は底本では「詳《くは》くは」]云わんで、然《しか》るべき為になる家《うち》ぐらいの事を云って、お前|行《ゆ》くか、はい参りますとぼんやりでも云ったら、そく/\姓名を打明けて云っても宜《い》いが、極らぬうちから姓名を打明けては困りますな、何うも最《も》う少し何か事柄の解《わか》るお方かと思ったら存外考えがなかった、宜しい/\、実は荒物屋の店でも貴公に出させようと思って、二三十金は資本《もとで》を入れる了簡で、媒介親《なこうどおや》と頼まんければ成らぬと思いまして……最う少し万事に届く方と思ったが、冒頭《のっけ》に姓名を明かされては困りますねえ、実に恥入る」
傳「然う怒ったっていけません、旦那、旦那怒っちゃいけません、斯う仕ようじゃアございませんか、種々《いろ/\》私《わっち》も路々《みち/\》考えたが私の云う事を聴いて然うお前《まえ》さん云ってしまってはいけねえ、あれさ、そんな事をぷん/\怒ったっていけません、何でも気を長くしなければ成らねえ、あの娘は不動様へ又お参りに来ましょう、そこでまだ貴方を見ねえのだから先刻《さっき》私《わっち》が話を聴いて見ると、斯ういう墨《くろ》の羽織を着て、斯々《これ/\》の方を御覧かと云ったら急いだから存じませんと云うから、あの娘に貴方を見せたいや、貴方ね、二十二まで独身《ひとり》で居るのだから、十九《つゞ》や二十《はたち》で色盛《いろざかり》男欲しやで居るけれども、貴方をすうっとして美男《いゝおとこ》と知らず、矢張《やっぱり》村の百姓と思って居るから厭だと云うかも知れねえから、お前さんの色白で黒の羽織を着てね、それが見せたい、まだ当人に逢わないからで、娘が逢いさえすれば直《すぐ》だからお逢いなさい」
典「逢うたって、それ程厭てえものを逢う訳にはいきません」
傳「それは工夫で、お前さんと二人で例の茶見世へ行って、旨くもねえ、碌なものはねえが、美《い》い酒を持って行って一ぱい遣《や》って、衝立《ついたて》の内に居るのだね、それで娘がお百度を踏んで帰《けえ》る所を引張込《ひっぱりこ》んで、お前さんが乙《おつ》う世辞を云って一杯飲んでお呉れと盃をさして、調子の好《い》い事を云うと、娘はあゝ程の宜《い》い人だ、あゝ云う方なら嫁に行《ゆ》きたいとずうと斯う胸に浮《うか》んだ時に、手を取って斯う酔った紛れに□ってしまうが宜い、こいつは宜い、これは早い、それで伯父さんに掛合うからいけないが、当人に貴方を見せてえ、これが私《わっち》は屹度《きっと》往《い》こうと思っている」
典「だけれども何かどうも赤面の至りだな、無暗《むやみ》に婦人を引張込んで宜しいかねえ」
三十四
傳「宜しいたって、お前さんの様な人は近村《きんそん》に有りゃアしません、だからお前さんを見せたい、ちょっと斯《こ》う大めかしに着物も着替え、髪も綺麗にしてね」
典「何《ど》うも何《なん》だか、宜しいかねえ、旨く往《い》くかねえ」
傳「宜しいてえ是は訳はねえ、明日《あした》遣《や》りましょう」
と悪い奴も有るもので、柳田典藏も己惚《うぬぼれ》が強いから、
典「じゃア往《い》きましょう」
と翌日《あした》は彼《か》の大滝村へ怪しい黒の羽織を引掛《ひっか》けて、葮簀張《よしずっぱり》の茶屋へ来て酒肴《さけさかな》を並べ、衝立《ついたて》の蔭で傳次が様子を窺《うかゞ》って居ると、おやまが参って頻《しき》りにお百度を踏み、取急いで帰ろうとすると飛出して、
傳「姉《ねえ》さん」
やま「はい」
傳「此の間は」
やま「はい此の間は誠に」
傳[#「傳」は底本では「ぱ」]「此間《こないだ》話したね柳田の旦那が彼処《あすこ》で一杯飲んで居るが、一寸《ちょっと》お前さんに逢いたいと云って」
やま「有難うございますが、私《わたくし》は急ぎますから」
傳「お急ぎでしょうが、そんな事を云っちゃアいけねえ、此間《こないだ》ね、旦那にお頼《たのみ》の事はいけねえと云うと、手前《てめえ》は行《ゆ》きもしねえで嘘だと云って疑ぐられて居て詰らねえから、お前さん厭でも一寸|上《あが》って、傳次さん此間はお草々《そう/\》でしたと云えば宜《い》い、然《そ》うすれば私《わっち》が行ったてえのが通じるのだから、彼処《あそこ》へ往って一寸私に挨拶するだけ」
やま「いけませんよ」
傳「いけねえてえ私《わっち》が困るから、野暮《やぼ》なことを云わずにお出でなさい」
と無理に引摺《ひきず》り込んだから仕方なしにひょろ/\蹌《よろ》けながら上《あが》り口《ぐち》へ手を突くと、臀《しり》を持って押しますから、厭々上って来ると、柳田典藏は嬉しいが満ちてはっと赤くなり、お世辞を云うも間が悪かったか反身《そりみ》になって、無闇に扇で額を叩き、口も利かずに扇を振り廻したりして、きょと/\して変な塩梅《あんばい》で有りますから、
傳「旦那、旦那お連れ申しました、此方《こちら》へ/\、ぐず/\して居てはいけねえ、姉《ねえ》さんに御挨拶をさ」
典「これは何うも誠に、何か、御信心参りにお出での処《ところ》を斯様なる処へお呼立て申して甚だ御迷惑の次第で有ろうと申した処が、何か、御迷惑でも御酒を飲《あが》らぬなれば御膳でも上げたいと思って、一寸これへ、何うも恐入ります、一寸只御酒はいけますまいから、じゃア御膳を」
と云うのを傳次は聞いて、
傳「いけねえね、そんな事ばかり云って困るな、めかして居て……一寸姉さんお盃を、お酌を致しますから」
やま「何をなさる、お前さん方は何をなさるのでございますえ、私《わたくし》の様な馬鹿でございますけれども、あなた方は何もお近眤《ちかづき》になった事もない方が無理遣《むりやり》にこんな処へ手を持って、厭がる者を引張込んで、人の用の妨げをして、酒を飲めなんて、私《わたくし》は酒のお相手をする様な宿屋や料理茶屋の女とは違います、余り人を馬鹿にした事をなさいますな」
傳「旦那、腹を立っちゃアいけねえ……姉さん然《そ》う云っちゃアから何うも仕様がねえ、それは然うだがね姉さん人の云う事をお聞きなさいよ、この旦那は早く言えばお前さんに惚れたんだ……旦那、黙って其方《そっち》においでなせえ、お前さん口を出しちゃアいけねえ、黙って頭を叩いておいでなさい…姉さん、人の云う事をお聞きよ、此間《こないだ》伯父さんへ掛合ったのだ、宜《い》いかえ、処がそれはお父《とっ》さんが居ねえので元服もせずに待って居ると云うお話だから、その事を柳田さんに話すと、それは御尤《ごもっとも》だてんで、今日も柳田さんがお前さんを呼んでくれと云ったのではない、全く私《わっち》の了簡で、旦那は誠に感心な娘だと云うので、どうも十六年も音信《おとずれ》をしない親父《おやじ》を待って、それ程までに元服もせずに居るとは、実に孝行な事だから嫁が厭なら宜しいが、実にその志操《こゝろざし》に傳次や尚《なお》惚《ほれ》るじゃアねえかと斯《こ》ういう旦那の心持で、誠に尤《もっとも》だからそう云う事ならせめて盃の一つも献酬《とりやり》して、眤近《ちかづき》に成りたいと云うので、決して引張込んで何う斯うすると云う訳じゃアないが、お前さんが得心して嫁になれば弟も引取って世話をすると云う、実に仕合せだから、うんと云ったら宜《い》いじゃアないか」
やま「何をうんと云うのでございますえ、私《わたくし》の身の上は伯父に」
傳「それは伯父さんに聞いたよ、遁辞《いいぬけ》で伯父さんに托《かこつ》けると云う事は知ってる」
やま「知って居るなれば何も仰しゃらんでも宜《い》いじゃア有りませんか、私《わたくし》も今は浪人しては居りますけれども、やはり以前は少々|御扶持《ごふち》を頂きました者の娘でございます、あなた方の御酒のお相手を致すような芸者や旅稼ぎの娼妓《じょうろ》とは違います、余りと申せば失礼を知らぬ馬鹿/\しいお方だ」
三十五
傳「あれ、それじゃア姉《ねえ》さん、だがね、困るねどうも、然《そ》うお前さん言ってしまっては……何とか云い様が有りそうなものだ、何《ど》うも困るね、左様《そう》じゃア」
やま「左様じゃアって考えて御覧なさい、お前さんは頼まれたか知らないが、此処《こゝ》にいらっしゃる方は大小を差した立派なお武家様で、人の娘を知りもしない処《ところ》へ無理遣《むりや》りに引摺込《ひきずりこ》んで、飲めもしない者に盃をさして何うなさる、彼《あ》の方は本当に馬鹿々々しくて、私《わたくし》も武士の家に生れたが、武家はそんな乱暴な馬鹿な真似は為《し》はしません、余《あんま》り馬鹿な事で呆れて愛想もこそも尽果てた厚かましい人だ」
典「なに厚かましいと、何《なん》だ、馬鹿々々しいとは何だ、否《いや》なら否で宜しい、無理に嫁に貰おうと云う訳ではないが、手前が……」
やま「厚かましいから厚かましいと申しました、袖をお放しなさいよ」
と袖を引張るのを、
やま「お放しなさい」
と立上りながら振切って百度の籤《くじ》をぽんと投付けると、柳田典藏の顔へ中《あた》ったから痛《いと》うございます。はっと面《つら》を押えて居るうち戸外《おもて》へ駈出しました。
典「傳次々々」
傳「へえ、何うも彼《あ》の通りで仕様がねえ」
典「だからいけぬと云うに、無理遣りに連れ出して、内々《ない/\》ならば仕様も無いが、斯《こ》ういう茶見世へ参って恥を与えるとは怪《け》しからん事」
傳「お前さん、そう怒っちゃアいけねえ」
典「貴様は最《も》う己《おれ》の家《うち》へ来るな」
傳「そんな事を言ってはいけねえ、旦那腹を立ってはいけません、婆《ばゝあ》がね、娘の跡を追掛《おっか》けたが、居ないから最う仕方がないが、お前さん腹を立っちゃアいけません、そこは処女《きむすめ》で、仮令《たとい》向うが惚れていても、気障《きざ》だよお止しよと振払うのは娘っ子の情で、殊《こと》には二十二まで何だって島田で居る様な変り者《もん》だから、気短かに何う斯うと云うなア、からもう色をした事もないようで、極りが悪いじゃア有りませんか、何でも気長に往《い》かなければいけません、旦那斯うしましょう」
典「もう手前の云う事は聴かぬ、種々《いろ/\》の事を云って籤《さし》を投付けて」
傳「籤《さし》なんぞは何でも無い、此の前張倒されて溝《どぶ》へ落ちた人も有るそうでねえ、斯うなさい、娘を何うかして、そーッと他処《わき》へ連れて行こう」
典「連れて行って何うする」
傳「何うすると云ってまアお聞きなさい、何処《どこ》かへ夜連出して、酷《ひど》い様だが私《わっち》一人ではいけねえ、ぎゃア/\云わねえ様に猿轡《さるぐつわ》でも箝《は》めて、庄吉と二人で葉広山《はびろやま》へ担《かつ》いで行って、芝原《しばはら》の綺麗な人の来《こ》ねえ処で、さて姉さん、是程惚れて居る者を宜く此間《こないだ》は大滝村で恥を掻かしたな、殺して仕舞うと云うのだが、可愛くって殺せねえ、若《も》し云う事を聴かぬ時は武士が立たぬとか男が立たぬとか云って、何でも女房《にょうぼ》に成って呉れ否《いや》てえば仕方がねえから、腕を押えても□□□寝るが何うだ、それよりは得心して知れない様にと云えば命が惜《おし》いから造作アねえ、それから家《うち》へ連れて来て、得心ずくでお前さん□□□寝ちゃア何うです宜うがすか、それで娘の方で屹度《きっと》惚れるねえ、初めて男
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