止せば宜《よ》いに小増を始め芸者や太鼓持まで又市の跡を付けて来まして、
小「あれさ、お上役に逢っては一言もないからさ泣面《なきつら》してさ、泣面は見よい物じゃアないねえ、あの火吹達磨や、泣達磨や、へご助や」
とわい/\言われるから猶更|逆上《のぼ》せて履物《はきもの》も眼に入《い》らず、紺足袋《こんたび》のまゝ外へ出ましたが、丁度霜月三日の最早|明《あけ》近くなりましたが、霜が降りました故か靄《もや》深く立ちまして、一尺先も見分《みわか》りませんが、又市は顔に流るゝ血を撫でると、手のひらへ真赤《まっか》に付きましたから、
又「残念な、武士の面部へ疵を付けられ、此の儘《まゝ》には帰られん、たとえ上役にもせよ憎い奴は中根善之進、もう毒喰わば皿まで、彼奴《あいつ》帰れば武田に告げ、私《わし》をしくじらせるに違いない、殊《こと》には衆人満座の中にて」
と恋の遺恨と面部の疵、捨置きがたいは中根めと、七軒町《しちけんちょう》の大正寺《たいしょうじ》という法華寺《ほっけでら》の向《むこ》う、石置場《いしおきば》のある其の石の蔭《かげ》に忍んで待っていることは知りません、中根は早帰りで、銀助《ぎん
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