うーん」
眞「ふうーんじゃない、斯うしてお呉んなさい、私《わし》は遠い処へ身を隠しますから旅銀《ろぎん》をお呉んなさい、三十両お呉んなさい」
永「そりゃまア宜く知らしてくれた、眞達悪い事は出来《でけ》ぬものじゃな」
眞「出来《でけ》ぬたって殺さいでも宜《え》いじゃないか、仮令《たとい》殺しても墓場へでも埋《うめ》れば知れやアせんのじゃ」
永「庄吉にも汝《てまえ》にも隠し、汝《てまい》たちの居ぬ折に埋めようと思って少しの間|凌《しの》ぎに縁の下へ入れると、絶えず人が来るし、汝《てまい》や庄吉が絶えず側に居《い》るから、見られては成らぬと思って、拠《よんどこ》ろなく床下へ入れた儘《まゝ》にして置いたが私《わし》の過《あやま》りじゃな」
眞「過りでも宜《え》いが、路銀をお呉んなさいよ」
永「路銀だって今此処に無いからな、その路銀を隠して有る所から持って来るが、死人が出たので其処へ張番でも付きやアしないか」
眞「張番|所《どころ》でない、手先の者も怖い怖いと思って、庄吉を縛って皆附いて行ってしもうて、誰《たれ》も居ませんわ」
永「お梅、何をぶる/\慄《ふる》える事はない、其様《そんな》にめそ/\泣いたって仕様が無い、是れ七兵衞さんの褞袍《どてら》を貸しな、左様《そう》して何か帯でも三尺でも宜《え》いから貸しな、己はちょっと往って金を持って来るから、少し待ってろ、其の間にどうせ山越しで逃げなければ成らぬから、草鞋《わらじ》に紐を付けて、竹皮包《かわづゝみ》でも宜いから握飯《むすび》を拵《こしら》えて、松魚節《かつぶし》も入《い》るからな、食物《くいもの》の支度して梅干なども詰めて置け、己は一寸往って来るから」

        二十三

 永禪和尚も最《も》う是までと諦らめ、逐電致すより外《ほか》はないと心得ましたから、覗《のぞ》きの手拭で頬冠《ほゝかぶ》りを致し、七兵衞の褞袍《どてら》を着て三尺を締め、だく/″\した股引《ぱっち》を穿《は》きまして、どうだ気が利いてるだろうと裾《すそ》をからげて、大工町の裏道へ出まして、寺の門へこわ/″\這入って見ると、一向人がいる様子もござりませんから、勝手を知った庭伝いに卵塔場《らんとうば》へ廻って自分の居間へ参り、隠して有りました所の金包《かねづゝみ》を取出して、丁度百六拾金ばかり有りますのを、是を懐中へ入れて、そっと抜け出して来ました。又|災《わざわい》も三年置けばと申す譬《たと》えの通りで、二十五歳《にじゅうご》の折に逃げて来ました其の時に、大の方は長くっていかぬから幾許《いくら》かに売払ったが、小が一本残って居りましたから、まさかの時の用心にと思って短かいのを一本差して、恐々《こわ/″\》藤屋七兵衞の宅へ帰って来まして、
永「さア早く急げ/\」
 と云うので、お梅は男の様な姿に致しまして、自分も頭にはぐるりと米屋冠《こめやかぶ》りに手拭を巻き付けて皆|形《なり》を変えましたが、眞達も其の後《あと》からすっとこ冠りを致し、予《かね》て袈裟文庫を預けて有ったが、これはまた何処《どこ》へ行っても役に立つと思って、その文庫をひっ脊負《しょ》って、せっせと逃出しました。これから富山《とやま》へ掛って行《ゆ》けば道順なれども、富山へ行くまでには追分《おいわけ》から堺《さかい》に関所がございますから、あれから道を斜《はす》に切れて立山《たてやま》を北に見て、だん/″\といすの宮から大沓川《おおくつがわ》へ掛って、飛騨《ひだ》の高山越《たかやまごえ》をいたす心でございますから、神通川《じんつうがわ》の川上の渡しを越える、その頃の渡し銭は僅《わず》か八文で、今から考えると誠に廉《やす》いものでござります。無暗《むやみ》に駈通しに駈けまして、五里足らずの道でございますが、恐いが一生懸命、疵《きず》持つ足に笹原走ると、草臥《くたびれ》を忘れて夜通し無暗に逃げて、丁度大沓へ掛って来ますると、神通川の水音がどうーどっと聞える。山から雲が吹出しますと、ぱら/\/\と霙《みぞれ》が額へ当ります。
永「あゝー寒い、大分《だいぶ》遅れた様子じゃな、眞達はまだ来ぬかな……眞達ようー/\」
眞「おおい」
永「早う来んかなア」
眞「来《こ》うと云うたてもなア、お梅はんが歩けんと云うから、手を引張《ひっぱ》ったり腰を押したりするので、共に草臥れるがな、とても/\足も腰も痛んで、どうも歩けぬので」
永「確《しっ》かりして歩かんではいかぬじゃアないか」
梅「歩かぬじゃいかぬと云ったってお前さん、休みもしないで延続《のべつゞ》けに歩くのだもの、何《ど》うして歩けやアしませんよ」
永「しらりと夜が明け掛って来て、もうぼんやり人顔《ひとがお》が見える様に成って来るが、この霙の吹掛《ふっか》けでぱったりと往来は止まって居《い》るが、今にも渡し
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