して、馬鹿な坊主で、じん/\端折《ばしょり》で出掛け、藤屋の裏口の戸の節穴からそっと覗《のぞ》くと、前に膳を置いて差向いで酒を飲んで居りますから、小声で、
眞「もしお梅はん/\」

        二十一

梅「誰だえ」
眞「ちょっと開けてくださませ」
梅「誰だえ」
眞「眞達で、旦那に逢いたいので、一寸《ちょっと》なア」
永「居ないてえ云え」
梅「あの旦那は此方《こちら》においでなさいませんが」
眞「その様なことを云うてもいかぬ、そこに並んで居るじゃ」
永「あゝ覗《のぞ》いて居やアがる」
梅「おや覗いたり何かして人が悪いよ」
永「障子|閉《た》てゝ置けば宜《よ》いに」
梅「さア此方《こち》へお這入んなさい」
永「いや今|近江屋《おうみや》へ往ってのう、本堂の修繕《しゅぜん》かた/″\相談に往って、帰り掛に一寸寄ったら、詰らぬ物だが一杯と云うて馳走になって居《い》るじゃ、今帰るよ」
眞「帰らぬでも宜《え》えので、檀家の者が来ればお師匠さんが程の宜え事云うて畳替えも出来《でけ》、飛石《とびいし》が斯《こ》うなったとか何《なん》とか云えば檀家の者が寄進に付く、じゃけれど此方《こっちゃ》も骨が折れる、檀家の機嫌気づまとるは容易《ようえ》なものじゃアないじゃて、だから折々は気晴しも無ければ成らん、気を晴さんでは毒じゃ、泊っても宜《え》えがじゃ、眞達が檀家の者は宜え様にするから泊っても宜えがにして置くじゃ」
永「いや直《じき》に帰ります」
眞「もしお梅はん、大事に気晴しのなるようにして呉れんなさませ…あゝ私《わしゃ》なア済まぬが金《かね》十両借りたいが、袈裟文庫を抵当《かた》に置くから十両貸してくんなさませ」
永「此奴《こいつ》此間《こないだ》三両貸せてえから貸したが返さぬで、袈裟文庫、何《なん》じゃえ、出家の身の上で十両などと、汝《われ》が身に何で金が入《い》る」
眞「此間《こないだ》瞽女町へ往て芸者を買《こ》うたが、面白くって抱いて寝るのではないが遊んだので、借金が有るから袈裟文庫を預けようと思うたが、明日《あした》法事が有っても困りますから、是を貴方《あんた》へ預けて置いて、明日法事が有れば勤めてお布施で差引く」
永「黙れ、何だ二三百のお布施で埓《らち》が明くかえ、貸されぬ、うーん悪い処《ところ》へ往《ゆ》き居《お》って、瞽女町で芸者買うなんて不埓千万な奴じゃア」
眞「然《そ》う云いやすなね、人は楽《たのし》みが無ければ成らぬ、葬式《ともらい》が有れば通夜に往《い》て眠い眼で直《すぐ》に迎い僧を勤め、又本堂へ坐って経を読むは随分辛いが、偶《たま》には芸者の顔も見たい、人間に生れて何も出家じゃアって人間じゃア、釈迦も私《わし》も同じ事じゃ、済まぬが一寸《ちょっと》、貴方《あんた》だって種々《いろ/\》此方《こっちゃ》へ来てお梅はんとねえ、何事もないじゃアねえ、お梅はんと気晴しに一杯やれば甘《うま》いから、お互に一寸は楽しみをして気を晴らさんでは辛い勤めは出来《でけ》ん、お梅はんの処へ泊っても庄吉にも云わぬじゃ、私が心一つで」
永「うーん種々な事を云うな……貸すが跡で返せ、それ持って往《ゆ》け」
眞「有難い、これども……お梅はん余《あんま》り大切《だいじ》に仕過ぎて、旦那の身体悪うしては成らぬから、こりゃはやおやかましゅう」
 とさあッ/\と帰って来て、
眞「傳次さん貸したぜ」
傳「え」
眞「貸した」
傳「何うだい貸したろう」
眞「えらいもんじゃア十両貸した」
傳「なんだ十両か、たったそればかり」
眞「いや初めてだから十両、又|追々《おい/\》と云うて貸りるのじゃ」
 などと是から納所部屋にて勝負事をする。予《かね》て二番|町《まち》の会所小川様から探索が行届《ゆきとゞ》き、十分手が廻って居《い》るから突然《だしぬけ》に手が入りました。
「御用/\」
 と云う声に驚きましたが、旅魚屋の傳次は斯う云う事には度々《たび/\》出会って馴れて居るから、場銭《ばせん》を引攫《ひっさら》って逃出す、庄吉も逃出し、眞達も往《ゆ》く処がないから庫裏《くり》から庭へ飛下り、物置へ這入って隠れますと、旅魚屋の傳次は本堂へ出ましたが、勝手を知らんから木魚に躓《つまづ》き、前へのめる機《はず》みに鉄灯籠《かなどうろう》を突飛し、円柱《まるばしら》で頭を打ちまして経机《きょうづくえ》の上へ尻餅をつく。須弥壇《しゅみだん》へ駈け上ると大日如来が転覆《ひっくり》かえる。お位牌はばた/\落ちて参る。がら/\どんと云う騒ぎ。庄吉は無闇に本堂の縁の下へ這込みます。傳次は馴れて居るから逃げましたが、庄吉は怖々《こわ/″\》縁の下へ段々這入りますと、先に誰か逃込んで居るから其の人の帯へ掴《つか》まると、捕物《とりもの》の上手な源藏《げんぞう》と申す者が潜《もぐ》って入《い》り
前へ 次へ
全76ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング