帰らないでも宜《よ》いの」
梅「然《そ》うかえ、私と寝られゝばお父様は帰らないでも嬉しいとお思いかえ、然うお云いだと誠にお前がなア憫然《かわいそう》で、なに可愛くなってね、どんなに私が嬉しいか知れないよ、本当に少さいうちから抱いて寝たいけれども、何だか隔てゝいる中で、己《おれ》が抱いて寝るとお父《とっ》さんに云われたが、お前の方から抱《だか》って寝たいと云うのは真《しん》に私は可愛いよ」
繼「私も本当に嬉しいの」
梅「あのお前私がお膳立《ぜんだて》するから、お前仏様へお線香を上げなよ、お父様へ、いえなにお先祖様へ」
 とお梅は不便《ふびん》に思いますから膳立をして、常と異《ちが》ってやさしくお繼に夕飯《ゆうめし》を食べさせ、あとで台所を片付けてしまい、
梅「お繼お前表口の締りをおしよ」
繼「はい」
 とお繼は表の戸締《とじまり》を為《し》ようと致しますると、表から永禪和尚が忍んで参りまして、
永「お梅/\」
梅「はい今開けます、旦那でございますかえ」
 と表を開《あけ》る。永禪が這入るを見るとお繼は驚きまして、
繼「あゝれ」
 と鉄切声《かなきりごえ》で跣足《はだし》でばた/\と逃出しますので。
永「あゝ恟《びっく》りした、何《なん》じゃい」
梅「今お前さんの顔を見てお繼が逃出したので」
永「おゝ左様《そう》か、お繼は最前の事は何《ど》うじゃ、死骸を隠した事は怜悧《りこう》だから見たで有ろう」
梅「いゝえ見ませんよ」
永「いや見たじゃ」
梅「見やアしませんよ、お前さんは心配していらっしゃるが大丈夫ですよ」
永「然うかえ」
梅「お父様はと聞きますからお父様は山中の温泉場から上方へ往ったから、一二年帰らないと云ったら、私に抱かって寝られゝば帰らないでも宜《い》いと云います、お父さんは何処《どこ》へ往ったと聞くくらいだから知りませんよ」
永「知らぬか」
梅「大丈夫でございます、知る気遣《きづかい》ないと私は見抜いたから御安心なさいよ」
 と云うので、是から亭主が無いから毎晩藤屋の家《うち》へ永禪和尚忍んで来ては逢引を致します。心棒《しんぼう》が曲りますと附いて居る者が皆《み》な曲ります、眞達という弟子坊主が曲り、庄吉という寺男が曲る。旅魚屋《たびさかなや》の傳次《でんじ》という者が此の寺へ来て、納所部屋でそろ/\天下|御制禁《ごせいきん》の賭博《いたずら》を為《す》る、怪《け》しからぬ事で、眞達は少しも知らぬのに勧められて[#「勧められて」は底本では「勤められて」]為ると負ける。
傳「眞達さん冗談じゃねえ、おいお前金を返さなくっちゃアいけねえ」
眞「今は無《な》えよ」
傳「今無くっちゃア困るじゃアねえか」
眞「無《ね》え物を無理に取ろうて云うも無理じゃアねえか、だらくさい事を云いおるな」
傳「無《ね》えたってお前|己《おれ》が受ければ払いを附けなければ成らねえ」
眞「今|無《な》えから袈裟文庫《けさぶんこ》を抵当《かた》に預ける」
傳「こう袈裟文庫なんぞ己《おら》っちが抵当に預かっても仕様がねえ」
眞「是が無くては法事に往《い》くにも困るから、是をまア払うまで預かって」
傳「そんな事を云って困るよ、おい眞達さん一寸《ちょっと》聞きねえ、まア此処《こゝ》へ来《き》ねえ」
 と次の間へ連れて往《い》きまして
「こうお前《めえ》和尚に借りねえ」
眞「師匠だって貸しはしなえ」
傳「貸すよ」
眞「いや此の間|私《わし》が一両貸しゃさませと云うたら何に入るてえ怖ろしい眼《まなこ》して睨《ねら》んだよ、貸しはせんぞ」
傳「お前《めえ》いけねえ、和尚は弱い足元を見られて居るぜ、お前知らねえのか、藤屋の亭主は留守で和尚は毎晩しけ込んで居る、一箇寺《いっかじ》の住職が女犯《にょはん》じゃア遠島になる、己《おら》ア二度見たぜ」
眞「じゃア藤屋の女房《じゃあま》と悪い事やって居るか」
傳「やって居るよ、己ア見たよ」
眞「それははや些《ちっ》とも知らぬじゃ」
傳「斯《こ》う為《し》ねえ、彼処《あすこ》へ往ってお前が金を貸してと云えば、否応《いやおう》なしに貸そうじゃアねえか」
眞「成程、じゃア私《わし》が師匠に逢《お》うてお前様お梅はんと寝て居りみすから、私に何うか賭博《ばくち》の資本《もとで》を貸してお呉んなさませと云うか」
傳「そんな事を云っちゃア貸すものか、そこがおつう訝《おか》しく云うのだ、人間は楽しみが無くってはいけません、私《わたくし》も女を抱いては寝ませんが、瞽女町へ往って芸者を買ったとか、娼妓《じょうろ》を買ったとか、旨いものが喰いたいから、二十両とか三十両とか貸せと云えば、直《じ》きに三十両ぐらえは貸すよ、お前《めえ》さんはお梅さんの酌でお楽《たのし》みぐらいの事を云いねえ」
眞「むう、巧《うま》い事を教えて呉れた、有難い/\」
 と悦びま
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