屋敷も御大藩《ごたいはん》でげすから、御家来衆も嘸《さぞ》多い事でございましょうが、御指南番は何方《どなた》でげすえ」
久[#「久」は底本では「山」]「なに杉村内膳《すぎむらないぜん》と云って、一刀流ではまア随分えらい者だという事で」
山「へえ成程杉村内膳、柔術《やわら》は……うん成程|澁川流《しぶかわりゅう》の小江田《こえだ》というのが御指南番で、成程あれは老人だが余程《よっぽど》澁川流の名人という事を聞きました…成程して強い御家来衆も有る事でげしょうなア」
久「沢山ある上に其の上にも/\と抱えるのは、全体殿様が武張っていらっしゃるので、武芸の道が何よりもお好《すき》でなア、先年此の常陸《ひたち》の土浦《つちうら》の城内へお抱えに成りました者が有りまして、これは元|修行者《しゅぎょうじゃ》だとか申す事だが、余程《よっぽど》力量の勝れた者で、何《ど》のくらい力量が有るか分らぬという事で」
山「はゝア大した力量の有る者をお抱えに成りましたな」

        五十九

久「えゝお抱えに成りましたと云うのは、宇陀《うだ》の浅間山《せんげんやま》に北條彦五郎《ほうじょうひこごろう》という泥坊が隠れていて、是は二十五人も手下の者が有るので、合力《ごうりょく》という名を附けて居廻《いまわ》りの豪家《ごうか》や寺院へ強談《ごうだん》に歩き、沢山な金を奪い取るので、何うもこりゃア水戸《みと》笠間《かさま》辺までも暴《あら》すから助けて置いては成らぬと云うので、城中の者が評議をした、ところが何うも八州は役に立たぬから早川様が押えようという事になって、就きましては凡《およ》そ二百人も人数《にんず》が押出しました押出して浅間山を十分に取巻いて見た所が、北條彦五郎は岩穴の中に住んでいる、その穴の入口が小さくて、中へ這入るとずっと広くて、其処《そこ》に家《うち》を拵えて住居《すまい》として居り、また筑波口の方にも小さい岩穴が有って、これから是れへ脱《ぬ》けるように成って居《い》るから、此方《こちら》の方を固めて居ても、此方の方から谷に下りて水を汲んだり、或《あるい》は百姓家で挽割《ひきわり》を窃《ぬす》み、米其の外《ほか》の食物を運んで隠れて居ります、さ、これでは成らぬと槍鉄砲を持って向った所が穴の中が斯《こ》う成ってゝ鉄砲|丸《だま》が通らぬから、何様《どん》な事をしてもいかぬ、所でもう是《こ》りゃア水攻めにするより外に仕方が無いと云って、どん/\水を入れて見ると、下へ脱《ぬ》けて落《おち》る処が有るから遂々《とう/\》水攻《みずぜめ》も無駄になって、何うしたら宜かろうと只浅間山を多勢《おおぜい》で取巻いて居るだけじゃが、肝腎の彦五郎は裏穴から脱けて、相変らず人を殺したり追剥《おいはぎ》を為《す》るので、これには殆《ほとん》ど重役が困っている所に、一人の修行者《しゅぎょうじゃ》が来て、あなた方は幾ら此処《こゝ》を取巻いて居ても北條彦五郎を取押える事は出来ません、殊に北條彦五郎は大力無双《だいりきぶそう》で、二十五人力も有るという事だから、兎《と》てもいけぬに依ってお引揚げなさいと云うから、引揚げたら何うすると云うと、私《わたくし》一人に盗賊取押え方《かた》を仰付けられゝば有難いと云うので、然らば修行者は何《ど》のくらいな力が有るかと云うと、私は力が有ります、何うか盗賊取押えを仰付けられたいと云うから、段々評議をした所が、何せ今までのように頑張っていても出るか出ないか知れぬから、当人が取押えると云うなら遣《や》らして見ろという仰しゃり付けで、これから其の修行者に取押えを言い付けた所が、其奴《そいつ》のいうには手前の脊負《しょ》った笈《おい》に目方が無くては成らぬから、鉄の棒を入れるだけの手当を呉れと云うから、多分の手当を遣ると全く金を取って逃げる者でも無く、それから手当の金で鉄の重い棒を買い、笈の中へ入れて、彼《か》の北條彦五郎の隠れて居るという穴の側へ行って、其処《そこ》へ笈を放り出して、労《つか》れた振《ふり》をして修行者が寝て居ると、ある月夜の晩に彦五郎の手下が穴の側へ見張に出て見ると、修行者が居るから、「これ何うした」「私《わたくし》は歩けません」「何ういう訳で歩けぬ」「道に労れて歩けませんから、寝て居ります」と云うと、「此処に居ては成らぬから行《ゆ》け」「行くにも行かないにも荷物が脊負《しょ》えません」「脊負えぬなら脊負わせて遣ろう」と云うので手下の奴が動かそうとしたが中々動かぬから、こりゃア何ういう重い物だか、是を脊負うのは剛《えら》い者だといって手下の者が皆寄ったが持てぬから「手前《てめえ》これを脊負って歩くか」「歩けますが、此の通り足を腫《は》らしたから仕様が有りません」と云うので足を出して見せると、巧《うま》く拵えて膏薬を貼って居
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