て「これだから担《かつ》げません」と云うから「手前《てめえ》は何《ど》のくらい力がある」「私《わたくし》は五十人力ある」と云うと、手下の奴が「そりゃア嘘だろう」「なに嘘じゃアない」「いや嘘だ、嘘は泥坊の初まりだが、こりゃア手前が嘘だ」「いや決して嘘でない」という争いになると、北條彦五郎が、なに此の位の物を脊負って動けぬことが有るものかと云うので、連尺《れんじゃく》を附けて脊負って立ちやアがった、大力無双《だいりきむそう》の奴だから、脊負って立ちは立った所が歩けないで、やっとよじ/\五六|足《あし》歩くと、修行者が後《うしろ》から突飛《つきとば》したから、ぐしゃッと彦五郎が倒れると、恐ろしい目方の物が上へ載ったから動きも引きも出来ない、すると修行者に首領《かしら》が打たれたと云うから、そりゃアと鉦《かね》太鼓で捕人《とりて》が行って、手下の奴を押えて吟味すると何処《どこ》から這入って何処から脱《ぬ》けるという事まですっぱり白状に及んだから、よう/\の事で浅間山の盗賊を掃除したと云うので、是れから其の修行者は剣術も心得て居るだろうから当家へ抱えろという事になって、これまで桜川《さくらがわ》の庵室に居ったから苗字《みょうじ》を櫻川と云って五十石にお抱えに成ったが、知慧もあり剣術も出来て余程《よっぽど》賢い奴だ、其の荷を拵えた工合《ぐあい》は旨いもので、動けない様にする工夫が巧《うま》いものじゃアないか」
山「へえ、それは全く修行者で、六部でげすか」
久「いや段々聞いたら何でも尋常《たゞ》の奴でない、人の噂でも何うも尋常漢《たゞもの》でない、大かた長脇差では無いかという評判を立てたら、当人がそんならお話をいたしますが、実は私《わし》は元は侍で、榊原藩でございますと云ったそうだが、面部《かお》に疵を受けた、総髪《そうはつ》の剛《えら》い奴で」
山「それは何でげすか、名はなんと」
久「名は櫻川という処に居った者で、櫻川又市と云う」
山「へえ桜川という処の者で」
久「いゝえ桜川の庵室に居ったから、それを姓として櫻川又市というので、面部《かお》に疵があり、えゝ年は四十一二で、立派な逞《たく》ましい骨太《ほねぶと》の剛い奴で」
山「左様でげすか、そりゃア立派な者でげすなア、何うもその才智もえらい者だが、私《わし》は何卒《どうぞ》して其の方を見たいものでげすな」
久「なに、時々下屋敷へも来ますよ」
山「只今は何方《いずかた》に」
久「今は小川町《おがわまち》の上屋敷に居ります」
山「若《も》しお下屋敷へお出でになったら一寸《ちょっと》教えて下さいませんか、何《いず》れそりゃア尋常漢《たゞもの》では有りませんなア、こりゃア見たいな、何ういう男か一度は見て置きたいが何うか一寸ねえ」
久「そりゃア造作もない事だから知らせましょう」
山「じゃア一寸知らせて下さい、別にお礼の致し方は無いが、あなたの非番の時に無代《たゞ》療治をして、好《い》い茶を煎《い》れて菓子を上げる位の事は致しますから」
久「それははや、そんな旨い事は無い、こりゃア有難いが、それは茶と菓子ばかりで療治の代を取らぬと云うこたア有りません、今度来たら屹度《きっと》知らせますが、滅多に此方《こちら》へは来ません」
山「何うか知らせて」
久「えゝ宜しい」
山「さア御療治」
 と云うので療治を致して、旨い菓子などを食わせて帰しました。跡で山平は、
山「屹度それに相違ない、何うかして見顕《みあら》わして遣りたいもの」
 と、中村に頼んで櫻川の来るのを待って居ると、天命|免《のが》れ難く、十月十五日に猿子橋でお繼が水司又市と出遇《であ》いますると云う、これから愈々《いよ/\》巡礼敵討のお話でございます。

        六十

 さて図らずも白島山平が敵の手掛りを聞きましたから、お繼が帰って来るのを待って話を致すと、飛立つ程に悦び、
繼「少しも早く土屋様のお屋敷へ参って」
 と云うを、
山「いや未だ確《しか》と認めも付かぬうち、先《せん》の様に人違いをしては成らぬ、人には随分似た者もあり、顔に疵のある者も有るから、先達《せんだっ》ての人違いに懲《こ》りて、これからは善《よ》く/\心を落着け、確と面体《めんてい》を認めてから静かに討たんければ成らぬ、殊に汝《そち》は剣術が出来てもまだ年功がなし年も往《い》かぬから其の痩腕《やせうで》では迚《とて》も又市には及ばぬ、私《わし》も共に討たんでは成らぬ、殊にお照の為にはお兄様《あにいさま》の仇《あだ》であり、年頃心に掛けて居《い》る事ゆえ、お前一人で討つわけには往かぬに依って、宜く心を静めて又市が下屋敷へ参る時に認めて、私が討たせるから」
 と言聞《いいき》けて置きましたが、お繼は是を聞いてからは何卒《どうか》早く又市を見出したいと心得、土屋様の長屋下を御
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