ぬから、到頭葉広山へ連れて行って、手込めにしようと云う所へ、通り掛ったのが今の水司又市と云う者で、これが親切に姉さんを助けて家へ送って呉れたから、兎も角も恩人の事だからと云って家に留めて置く中《うち》に、水司又市が又姉さんに恋慕をしかけるから、姉さんは厭がって早く何卒《どうぞ》して突き出そうと思ったが、中々出て行かない、その中に宜い塩梅《あんばい》に家を出立したと思うと、お前さんの継母か知らないが、惠梅比丘尼を山中《さんちゅう》で殺して家へ帰って来て、又姉さんに厭な事を云い掛けたから、一生懸命に逃げようとすると、長いのを引抜いて姉さんを切った、それで私は竹螺《たけぼら》を吹いて村方の人を集め、村の者が大勢出たけれども、到頭又市に逃げられ、姉さんの臨終に云った事も有るから、始終心に掛けて、漸《ようや》く巡礼の姿に成って旅立をした所が、私の尋ねる敵をお前も尋ね、お互に合宿になって私が看病をして貰うと云うのは、余程《よっぽど》不思議なことで、これは互に遁《のが》れぬ縁だ」
繼「あゝ嬉しいこと、何卒私の助太刀をして下さいよ」
山「助太刀どころじゃアない、私が敵を討つのだから」
繼「いゝえ私が親の敵を討つのだから、お前さん一人で討っちゃアいけません、私の助太刀をしてしまってから姉さんの敵をお討ちなさい」
山「そんな事が出来るものか、何うせ私も討つのだから夫婦で一緒に斬りさえすれば宜《よ》い」
繼「本当にまア嬉しい事」
山「私も斯《こ》んな嬉しい事アない、これも観音様のお引合せだろうか」
繼[#「繼」は底本では「山」]「本当に観音様のお引合せに違いない……南無大慈大悲観世音菩薩」
と悦びまして、
山「もう斯う打明けた上は、仮令《たとえ》見棄てゝも遁《のが》れぬ不思議な縁」
とこれから山之助は気が勇んで、思ったより早く病気が全快致しましたからまだ雪も解けぬ中《うち》を、到頭出立致し、おい/\旅を重ねまして、翌年二月の月末《つきずえ》に紀州へ参りました。紀州へ参りましたが、一向何も存じませんから、人に教わって西国巡りの帳面を見ると、三月十七日から打初めるのが本当だと云う事で、少々|日数《ひかず》は掛りまするが、仮令《たとえ》月日が立とうが敵を尋ねる身の上でございますから、又市の隠れて居そうな処へ参っては此処《こゝ》らに潜んで居ないかと敵の行方を探しながら、三十三番の札所を巡ります。先《まず》一番始まりが紀州の那智、次に二番が同国紀三井寺、三番が同じく粉川寺《こがわでら》、四番が和泉の槙《まき》の尾《お》寺、五番が河内の藤井寺、六番が大和の壺坂、七番が岡寺、八番が長谷寺、九番が奈良の南円堂《なんえんどう》、十番が山城宇治の三室《みむろ》、十一番が上《かみ》の醍醐寺《だいごでら》、十二番が近江《おうみ》の岩間寺《いわまでら》、十三番が石山寺、十四番が大津の三井寺と段々|打巡《うちめぐ》りまして、三十三番美濃の谷汲《たにくみ》まで打納めまする。其の年も暮れ翌年になると、敵を捜しながら、段々と東海道筋を下って参り、旅をすること丁度足掛三年目の二月の五日に江戸へ着《ちゃく》致しましたが、是と云って外《ほか》に頼る処もございませんから、先《まず》葛西の小岩井村百姓文吉の処に兄が居りはしまいかと思って、村の入口で聞きますると、それはあの榎《えのき》のある処から曲って行《ゆ》くと、前に大きな榛《はん》の木が有るからと教えられて、其の通り参って見ると、百姓家は土間が広くしてある、その日当りの好《よ》い処に婆様《ばあさま》が何かして居りますから、
繼「御免なさいまし/\」
男「はい何だえ」
繼「あのお百姓の文吉さんのお宅は此方《こちら》でございますか」
男「あい文吉さんは此方《こっち》だが、何だえ」
繼「あのお婆さんはお達者でございますか、若《も》しお婆さんは亡くなって、伯母さんでございますか」
男「婆《ば》アさま/\巡礼どんが二人来て、婆アさまに逢いたいと云って立ってるだ」
婆「はい何方《どなた》でございます、巡礼どんかえ、修行者が銭を貰いに来たら銭を上げるが宜《よ》い、知ってる人が尋ねて来たかえ」
繼「御免なさいまし、貴方が此方《こちら》のお婆さんでございますか」
婆「はい私《わし》が此処《こゝ》の婆《ばゝ》アでございますよ、あんたア誰だかねえ」
繼「あなたお忘れでございますか、私《わたくし》は湯島六丁目藤屋七兵衞の娘繼と申す者でございます」
婆「あれや何うも魂消《たまげ》たとも、何うも巨《でか》く成ったアなア、まア宜く尋ねて来たアなア、巡礼に成って来ただかえ」
繼「はいお婆さんに逢いたいと思って遠隔《とお/″\》の処を参りました」
婆「まア宜く尋ねて来たよ、是やア誰か井戸へ行って水を汲んで来て……足い洗って上りなよ……おう/\草鞋|穿《ばき》で……汝《
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