われ》話しい聞いた事ア無かっきアが、これア私《わし》の孫だよ、それ江戸へ縁付けて出来《でか》した娘だ……さア足い洗って上るが宜い」
と云われたから巡礼二人は安心して上へ上り、
繼「御機嫌宜う」
と挨拶を致しますると、
婆「お前は全く藤屋七兵衞の娘お繼かえ」
繼「はい全くお繼でございます、兄は縁切《えんきり》で此方《こちら》へ預けられた事は承知して居りますが、只今でも達者で居りますか」
婆「はあえ、彼《あれ》は親父の心得違いで女郎《じょうろ》を呼ばったで、違った中だもんだから、虐《いじ》められるのが可愛そうでならなえから、跡目相続の惣領の正太郎だアけれど、私《わし》い方《ほう》へ引取り、音信《いんしん》不通になって、そうしてまア家《うち》い焼けてから跡は打潰《ぶっつぶ》れて麻布へ引込《ひっこ》んだきり行通《ゆきかよ》いしない、後《あと》で聞けば遠い国へ引込んだと云うことで、七兵衞は憎いから心にも掛けなえけれども、己《おれ》ア為には真実の孫のあの娘が継母の手にかゝって居るかと心配して、汝《われ》が事は忘れた日は無いだ…な、え十八だとえ、己《おら》アはア七十の坂を越して斯う遣って居るだけれども、まア用の無いやくざ婆《ばゝあ》だから早く死にたい、厄介のないように眠りたいと思ってるだが、斯うやってまア孫が尋ねて来て顔が見られると思えば、生きて居て有難かっきア……父《ちゃん》は達者かえ」
五十三
繼「はいそれに就いてはお婆さん種々《いろ/\》訳が有って来ましたが、何卒《どうか》早く兄さんに逢いたいものでございます」
婆「おゝ正太郎かえ、あの正太郎には痩《やせ》るほど苦労をしただ、その訳と云えば、あの野郎を連れて来て堅気《かたぎ》の商人《あきゅうど》へ奉公に遣り、元の様な大《でか》い家《うち》を拵《こしら》えさせたいと思って奉公に遣ると、何処へ遣っても直《すぐ》に駈《か》ん出して惰《なま》けて仕様がない、そうしてる中《うち》に己《おら》あ家でこれ些《ちっ》とべい土蔵という程でもないが、物を入れる物置蔵ア建てようと云って職人が這入《はえ》ってると、その職人と馴染《なじみ》になって職人に成りたいと云うから、それじゃア成んなさいと云うので、京橋の因幡町《いなばちょう》の左官の長八《ちょうはち》と云う家へ奉公に遣っただ、左官でも棟梁になりゃア立派なもんだと云うから、奉公に遣った所が、職人の事だから道楽ぶちゃアがって、然《そ》うして横根を踏出しやアがって、婆《ばア》さま小遣を貸せと云うから、小遣は無いと云うと、それじゃア此の布子《ぬのこ》を貸せと云ってはア何でも持出して遣い果した後《あと》で、何うにも斯うにも仕方が無いが、まア真実の甥《おい》だからと云って文吉も可愛がって居たゞが、嫁の前《めえ》も有るから一寸《ちょっと》小言を云うと、それなり飛出しやアがって、丁度三年越し影も形も見せないから、本当に仕方が無いやくざな野郎になってしまったが、何処へ往《い》きやアがったか、能《よ》く女郎《じょうろ》を買って銭が欲しい所から泥坊に成る者も有るからのう婆様《ばあさま》、と云われる度《たび》に胸が痛くて寧《いっ》そ放《と》ん出さないば宜かったと[#「宜かったと」は底本では「宜かつと」]思ってなア、若《も》しや縄に掛って引かれやアしないかと心配して忘れる事はないだ…何ういう訳だい、巡礼に成って此処《こけ》え来たのは」
繼「はい実はこれ/\/\/\でございまする」
と涙ながらに、三年|前《あと》の越中の高岡から旅立を致しましてと細かに話をした時は、婆さんも大きに驚いて、親の敵を討とうと云う事なら、手前《てめえ》ばかりではいけない、今に文吉が帰って来れば力に成って、仮令《たとえ》相手は何《ど》んな侍でも文吉が助太刀をして討たして遣るから、決して心配せずに、心丈夫に思って居るが宜《よ》いが、此の連れの方は何ういう人だと問われて、是もこれ/\と身上《みのうえ》を打明けると、婆《ばゝあ》は一通りならぬ喜び、文吉も共に力に成りまして、田舎は親切でございますから、山之助までも大事に致して呉れます。山之助の身の上を聞いて伯父文吉が得心の上、改めて夫婦の盃をさせ内々《ない/\》の婚姻を致させましたから、猶更睦じく両人は毎日葛西の小岩井村を出て、浅草の観音へ参詣を致して、是から江戸市中を流して歩るきます。すると二月から二三四と四月の廿七日迄日々心に掛けて敵の様子を尋ねて居りましたが、頓《とん》と手掛りがございません。少し此の日は空合《そらあい》が悪くてばら/\/\と降出しましたから、毎《いつ》もより早く帰って脚半を取って、山之助お繼が次の間に足を投出して居りまする。すると丁度夕刻|前《ぜん》此の家へ這入って来ましたのは村方のお百姓と見えて、
百「はい御免な
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