棄てぬ、末は夫婦という観音様に誓いを立って…貴方も私も外《ほか》に身寄は有りませんが、改めて仲人《なこうど》を頼んで…斯うという事に成りますれば、私は江戸の葛西に伯父さんが有るから、その伯父さんが達者で居《い》れば、その人がちゃんと身を堅める時の力になろうと思います、勿論それを舅《しゅうと》にして始終一緒にいる訳でも有りませんが……左様《そう》なれば私も一大事を打明けて云いますから、お前さんも身の上を隠さずに互に話をいたしたいと思いますが」
山「左様《そう》観音様に誓いを立って、私の様な者を亭主に持って呉れるなら、私は本当にお前に打明けて云う事が有るけれども、若《も》し途中でひょっと別れる様な事に成って、喋られると大変だから、うっかりと打明けて云われないねえ」
繼「私も打明けて云いたいが一大事の事だから……若し男の変り易い心で気が変った後《あと》で、他へ此の話をされると望みを遂げる事が出来ぬと思って、隠して居りますが、本当に私は大事のある身の上」
山「私も一大事が有るのだよ」
繼「左様《そう》……よく似て居ますねえ」
山「本当によく似てるねえ」
繼「まアお前さん云って御覧」
山「まアお前から云いなさい」
繼「まアお前さんからお云いなさいな、打明けて云やア私を見棄てないという証拠になるから」
山「でも一大事を云ってしまってから、お前がそれじゃア御免を蒙ると云って逃げられると仕様が無いからねえ」
繼「私は女の口から斯ういう事を云い出すくらいだから、そんな事は有りませんよ、本当にお前さんを力に思えばこそ、死身《しにみ》に成って、亭主と思って、お前さんの看病をしました」
山「誠に有難う、そう云う訳なら私から云いましょうがねえ…実はねえ…まアお前から云って御覧」
繼「まアお前さんから仰しゃいな」
山「うっかり云われません……全体其のお前は何だえ」
繼「私は元は江戸の生れで、越中高岡へ引込《ひっこ》んで、継母《まゝはゝ》に育てられた身の上でございます…誰《たれ》か合宿《あいやど》が有りやアしませんか」
山「あの怖い顔の六部が居ましたが、彼奴《あいつ》が立って行って誰《だれ》も居ないよ」
繼「実は山之助さん、私は敵討《かたきうち》でございますよ」
山「えゝ敵討だと、妙な事が有るものだねえ、お繼さん私も実は敵討で出た者だよ」
繼「あらまアよく似て居ますねえ」
山「本当によく似てるが、何ういう敵を討つのだえ」
繼「私はねお父《とっ》さんの敵を討ちに出ました、その訳と云うのは越中高岡の大工町に居ます時、継母のお梅と云うのが、前の宗慈寺という真言寺の和尚と間男をして、然《そ》うしてお父さんを薪割で殺して逃げました、其の時私は十二だったが、何卒《どうぞ》敵を討ちたいと心に掛けて居る中《うち》に、もう十六にも成ったから、止めるのを無理に暇乞《いとまごい》をして出て来ました、三十三番の札を打納めさえすれば、大願成就すると云う事は予《かね》て聞いて居ますし、観音様の利益《りやく》で無理な事も叶うと云う事でございますから、目差す敵は討てようと思って居ますけれども、貴方は男だから、夫婦に成って下すったら助太刀もして下さるだろうと、力に思って居りますので」
山「それは妙だ、私も敵討をしたいと思ってねえ、私は姉《あね》さんの敵だが、それじゃアお前の敵は越中高岡の坊さんかえ」
繼「いゝえ坊さんに成ったのだが、その前は榊原様の家来でございます」
山「うん榊原の家来……私の親父も榊原藩で可なりに高も取る身の上に成ったのだが、何う云う訳か私と姉を置いて行方知れずに成りましたから、実は姉と私と神仏《かみほとけ》に信心をして、行方を捜したのだが、今に死んだか生きたか生死《しょうし》の程も分らずに居るが、私の姉を殺した奴も元は榊原藩で水司又市と云う奴……その名の分ったのは姉を口説いた時に、惠梅という比丘尼が嫉妬《やきもち》をやいて身の上を云う時に、次の間で聞いて知ってるので」
繼「まア何うも希代《きたい》なこと、私のねえお父さんを殺して逃げた奴も永禪和尚と申しますので、真言寺の住持に成ったが、元は水司又市と云う者で、やっぱり私の尋ねる敵だわ」
山「そりゃア妙な事が有るもんだねえ、よく似てるねえ」
繼「似て居ますねえ」

        五十二

山「何うも不思議な事も有るものだ、それじゃア何だね、お前のお母さんは坊さんかえ」
繼「いゝえ、私の継母は元は根津の女郎《じょうろ》をしたお梅という者で、女郎の時の名は何と云ったか知りませんが、又市と逃げるには姿を変えて比丘尼に成ったかも知れません」
山「これは何うも不思議だ、あの十曲峠で私と間違えてお前を追掛《おっか》けた、あの柳田典藏という奴が私の家《うち》の姉《あね》さんに恋慕を仕掛けた所が、姉さんは堅い気象で中々云う事を肯《き》か
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