い》いじゃア有りませんか、お前さんの長い煩いの中《うち》には私が足を摩《さす》って居ながら、つい転《ころ》りとお前さんの床の中へ寝た事もございますよ」
山「左様《さよう》ですかねえ」
繼「本当に費《ついえ》では有りませんか、是からも未だ長い旅をするのに、銘々《めい/\》蒲団の代を払うのは馬鹿々々しゅうございますよ、却って一人寝るより二人の方が温《あった》かいかも知れません」
山「じゃアお繼さん脊中合せに寝ましょう、けれどもねえ女と男と一つ寝をするのは何だか私は極りが悪いし、観音様にも済みませんから、茲《こゝ》に洗った草鞋の紐が有りますから、是を仕切に入れて置いて、是から其方《そっち》がお前さん、是から此方《こっち》は私としてお互に此の仕切の外へ手でも足でも出したら、それだけの地代《じだい》を取る事に致しましょう」
繼「それじゃア脊中合せが温《あった》かいから」
 と云うので到頭|脊中合《せなかあわせ》に成って寝ました処が木曾殿と脊中合せの寒さ哉《かな》で、何処となくすう/\風が這入って寒うございますから、枕の間へ脚半も入れましょう、股引も入れましょうと云って種々な物を肩に当てゝ、毎晩々々二人で寝る事に成りましたが、斯ういう事は決して遊ばさぬが宜《よ》い。どんなに堅いお方でも其処《そこ》は男女《なんにょ》の情合《じょうあい》で、毛もくじゃらの男でも、寝惚《ねぼけ》れば滑《すべ》っこい手足などが肌に触れゝば気の変るもの、なれども山之助お繼は互に大事を祈る者、一方は親の敵一方は姉の敵を打とうと云う二人で、固《もと》より堅い気象でございますから、決して怪しい事などはございませんが、だん/\親しくなって来ると。
繼「山之助さん」
山「あい」
繼「私はまア不思議な御縁で毎晩斯う遣ってまア、お前さんと一つ夜具の中で寝ると云うものは実におかしな縁でございますねえ」
山「えゝ余程《よっぽど》おかしな縁ですねえ」
繼「私はお前さんに少しお願いが有りますがお前さん叶えて下さいますか」
山「何の事でございますか、私は病気の時はお前さんが寝る目も寝ずに心配して看病して下すった、其の御恩は決して忘れませんから、私の出来る丈《だけ》の事は仕《し》ますがねえ、何ですえ」
繼「私は只斯う遣って、お前さんと共に流して巡礼をして西国を巡りますので、三十三番の札を打つ迄はお前さんも御信心でございますから、決して間違った心は出ますまいし、私も大丈夫な方とは思いますが、気が置かれてねえ、何か打明けてお話をする事も出来ませんけれども、私も身寄兄弟は無し、江戸に兄が一人有りますが、これも絶えて音信《おとずれ》が無いから、今では死んだか生きたか分りません、若《も》し兄が亡《な》い後《のち》は私は全く一粒種で」
山「何うもよく似た事が有りますねえ、私も一人の姉が有りましたが、姉が亡くなってからは私も一粒種で、親は有ると云っても、十六七年も音信が無いから、死んだか生きたか分らぬから、真に私も一人同様の身の上だがねえ」

        五十一

繼「まア何うも、然《そ》うでございますか、それじゃア三十三番の札を打ってしまって、お互いに大願成就の暁には生涯私の様な者でも力に成って下さいませんか、本当にお前さんの志の優しいのは見抜きましたから」
山「私もお前さんに力に成って貰いたいと思ってねえ、私は彼様《あん》な煩いなどが有って、お前さんが無かったら大変な所を、信実《しんじつ》に介抱して下すったので、お前さんの信実は見抜いたから、その信実には本当に感心して惚《ほれ》る……と云う訳じゃア無いが、真にお前さんは好《い》い人と思って」
繼「えゝ」
山「だから私は真に力に思って居ますねえ」
繼「そうして斯う男と女と二人で一緒に寝ますと、肌を触《ふれ》ると云って仮令《たとえ》訝《おか》しな事は無くっても、訝しい事が有ると同《おんな》じでございますとねえ」
山「なにそんな事は有りません、おかしい事が無くて同《おんな》じと云うわけは有りやアしません……だからいけない、互に観音様へ参る身の上だから、先《せん》に私が別に寝ようと云ったんだ」
繼「そんな無理なことを云っちゃア済みませんが、お前さんも身が定まれば、何時《いつ》までも一人では居《お》られないから、お内儀《かみ》さんを持ちましょう」
山「えゝそりゃア是非持ちます」
繼「不思議な御縁で斯う遣って一緒に成りましたが、三十三番の札を打って、お互に大願成就してから、私の様な者でもお内儀さん……にはお厭でございましょうけれども、可愛そうな奴だから力になって遣ると仰しゃって置いて下されば、誠に私は有難いと思いますが」
山「そう成って下されば、私の方も有難い、本当に左様《そう》成って呉れゝば有難いねえ」
繼「本当にお前さんが左様《そう》仰しゃれば真実生涯見
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