直して、
山「人殺《ひとごろし》い……泥坊……」
 と横道へばら/\/\/\/\。

        四十九

勇「この女《あま》っちょめ」
 と追掛《おいかけ》られて逃途《にげど》がないが、山之助年は十七で身が軽いから、谷間《たにあい》でも何でも足掛りのある処へ無茶苦茶に逃げ、蔦蘿《つたかずら》などに手を掛けて、ちょい/\/\/\と逃げる。殊に山坂を歩き慣れて居るから、木の根方に足を掛けて歩く事は上手です。なれども始めての処で様子を知りませぬから、一生懸命死者狂いになって逃げると、細手《ほそくて》の勇治は、
勇「なに此の女っちょ」
 とは云っても谷間を歩くのは下手で追掛ける事は出来ません。何うした事か山之助が足掛りを踏外したから、ずずうと蔦が切れたと見えて、両手に攫《つかま》ったなり谷底へ落ると、下には草が生えた谷地《やち》に成って居り、前はどっどと渦を巻いて細谷川が流れます、
山「はアー何うも怖い事、伯父さんがそう云った汝《てめえ》一人で縱《たと》え敵討をする心でも大胆だ、とても西国巡礼は出来ぬ、道中は、怖いもので、昔これ/\のことが有ったと云って意見をなすった、それでもと云って覚悟はしたが怖いなア、こりゃアいけない、柄杓を落してしまった…だが彼奴《あいつ》はまア何だろう、私を女と思って居やアがって、無闇と人の頬片《ほッぺた》へ髭面《ひげつら》を摩《こす》り附けやアがって……おや笠を落してしまった、仕様が無いなア……おや笠は此処に落《おッこ》ちてる、先刻《さっき》落《おッこ》ちる機《はず》みに柄杓を……おや柄杓も此処におや/\巡礼も此処に落《おッこ》ちてる……」
 と谷地《やち》を渡って向うへ行《ゆ》きますると、草の上へ仰向反《のけぞり》になって居る巡礼が有るから、
山「おう/\/\/\可愛そうに、此の人は洗馬で向側《むこうがわ》を流して居て、宮之越で合宿《あいやど》になった巡礼だ、其の時は怖いと思ったから言葉も掛けなかったが、何うも飛んだ災難じゃアないか、此の人は何うしたんだろう、目をまわして居る、おい巡礼さん何処の巡礼さんか確《しっ》かりしなさいよ、此処は谷の中でございますよ、可愛そうに何うしたんだろう、此の笠も柄杓も此の人のだ、己のじゃアない、だがまア何うしたんだろう、おゝ薬が有ったッけ」
 と貯えの薬を出して、飲ませようと思いましたが、確かり歯を喰《くい》しばって居りますから、自分に噛砕《かみくだ》いて、漸《ようや》くに歯の間から薬を入れ、谷川の流れの水を掬《すく》って来て、口移しにして飲ませると薬が通った様子、親切に山之助が摩《さす》って遣りますと、
繼「有難う/\」
山「お前さん確かりなさいよ」
繼「はい」
山「大丈夫です、私は胡散《うさん》な者じゃアございませんよ、私はお前さんと後先《あとさき》に成って洗馬から流して来た巡礼でございますよ」
繼「はい有難う怖い事でございました」
山「成程お前さんは何うなすったの」
繼「何うしたんでございますか人違いでございましょうが、私が山路に掛って来ると、後《あと》から大きな侍が追掛けて来まして、左様《そう》して私にねえ、汝《てめえ》は白島の山之助とか何とか云って、誠に久しく逢わなかったが汝の姉のおやまゆえに斯んな浪人に成ったから、汝の持ってる金を取って意趣返しをすると云うから、私は左様《さよう》な者で無いと云いますと、突然《いきなり》脇差を抜いたから、一生懸命に逃げようと思って足を踏外して、此処へ落ちましてございます」
山「それはお気の毒様、それじゃア私と間違えられたのだ、白島の山之助と云いましたか」
繼「はい」
山「その男は何と云う奴で」
繼「あの柳田典藏とか云いました」
山「それは大変、何うもお気の毒様、お前さんを私と間違えたのでございます」
繼「左様《そう》でございますか、私はそんな者でないと言いわけを云っても聞きませんで」
山「そりゃア全く私の間違いです、お…前さん女でございますねえ」
繼「いゝえ」
山「それでも今私が抱いて起した時に乳が大きくて、口の利き様も女に違いないと思います」
繼「左様でございますか、私は本当は女でございます」
山「左様でしょう、それじゃア私はお前さんと間違えられたのだ、私が山道へ掛ると胡麻の灰が来て汝《てめえ》は女だろうと云うから、いえ私は女ではないと云うと、そんな事を云っても乳を見たから女に違いない、金を持ってるから出せなんと云って私の頬片《ほっぺた》を嘗《な》めやアがったから、其奴《そいつ》の横面《よこつら》を打《ぶ》った処が、脇差を抜いたから、私は一生懸命に泥坊/\と云って逃げる途端に、足を踏外して此処へ落《おっこ》ちたんだ」
繼「おやまアお気の毒様」
山「私の方がお気の毒様だ」
繼「お前さん何処《どこ》へお出でなさるの」
山「私は
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