情ない、出家を遂げても剣難に遭うて死ぬは、何ぞ前世の約束で有りましょう、実に胸が痛うて成らん、お酒を一杯下さらんか」
 と其様《そん》な事を云っては酒ばかり飲んで居りますが其の夜部屋に這入って寝ますと、水司又市はぐう/\と空鼾《そらいびき》を掻いて寝た振りをして居ります。山之助おやまも寝ました様子でございますから、そうッと起きまして、おやまの寝て居ります後《うしろ》の処へ来まして、横にころりと寝まして、おやまの□□襟の間へ手を入れましたから。おやまは眼を覚《さま》し、
やま「何をなさる」
又「静かに」
やま「えゝ恟《びっく》り致しました、何をなさるので」
又「おやまさん、私《わし》はお前さんに面目ないが、実は命がけで年にも恥じずお前さんに惚れました、それ故に此の間酔った紛れに彼様《あん》な猥《いや》らしい事を云かけて、お前さんが腹を立てゝ愛想尽《あいそづか》しを云うたが、何と云われても致し方はないと私は真実お前に惚れて、是からは何処へも行く処はない身の上じゃアに依って、私がお前さんの家《うち》の厄介者になり、まア年も往《い》かぬ若い姉弟《きょうだい》衆の力になる心得で、何《ど》の様にも真実を尽すが、なれどもお互いに此の気の置けぬ様に生涯一つ処に居る事は、□□れて居ないでは居られるものではないなア、本《もと》が他人じゃアが年を取って居るから亭主《ていし》に成ろうとは云わぬが、只《たっ》た一度でも□触れて居れば、是から先お前が亭主を持とうとも、どう成っても其処《そこ》が義理じゃ、追出しもせまい、是程まで思詰めたから只た一度云う事を聴いて下さい」
 と云われ余りの事に腹が立ちますから起上って、おやまは又市の顔を睨《にら》みつけ、
やま「只た今出て行って下さい、呆れたお方だ、怖いお方だ、何ぞと云うと命を助けた疵が出来たと恩がましい事を仰しゃって猥《いや》らしい、此の間は御酒の機嫌と思いましたが、今の様子のは御酒も飲まずに白面《しらふ》の狂人《きちがい》、そんな事を仰しゃっては実に困ります、そんなお方とは存じませんで伯父も見損じました、只《たっ》た今出て行って下さい」
又「お前、何で私《わし》が是程まで惚れたに愛想尽しを云って、年を取って男は醜《わる》くも、それ程まで思うてくれるか憫然《ふびん》な人という情《じょう》がなければ成らぬが何んで其の様に憎いかえ」

        四十三

やま「はい、あのお前さんが情知らずのお人かと存じます、惠梅様と云う女房《にょうぼ》が災難で切殺されて、明日《あした》法事をなさると云う、お寺参りに往《ゆ》く身の上じゃア有りませんか、その女房《にょうぼう》が死んで七日も経《た》たぬ中《うち》に、私《わたくし》に其様《そん》な猥《いや》らしい事を言掛けるのは、余《あんま》り情《じょう》のない怖ろしいお方と、ふつ/\貴方には愛想《あいそ》が尽きました」
又「惠梅も憎くはないが、実は私《わし》が殺したのじゃア」
やま「え……」
又「さア、斯《こ》う私《わし》が悪事を打明けたら致し方はない、実は私が殺したのじゃア、お前此の間何と云うた、惠梅さんと云うお方は貴方の女房じゃアないか、彼《あ》のお方に義理が立ちません、私の云う事は聴かれませんと云うから、惠梅がなければ云う事を聴こうかと思うて、殺して此方《こちら》へ帰って来たのじゃア、何うじゃア」
やま「まアどうも怖いお方でございます」
 と慄《ふる》えながら云うのを山之助は寝た振りをして聞いて居りましたが、うっかり口出しも出来ぬから、何うしよう、こっそり抜出し、伯父の処へ駈けて往《い》こうかと種々《いろ/\》心配して居りますと、
又「お前これ程まで云うても云うことを聴かれぬか」
やま「聴かれません、怖くって、恐ろしい、お置き申すわけにはいきません、只《た》った今おいでなすって下さい」
又「云う事を聴かれぬ[#「聴かれぬ」は底本では「聴かれね」]時は仕方がない、今こそは寺男なれども、元|私《わし》は武士じゃア、斯う言出して恥を掻《かゝ》されては帰られませんわ、さア此処《こゝ》に私の刃物がある」
やま「あれ、脇差を持っておいでなすったね」
又「さア、可愛さ余って憎さが百倍で殺す気に成るが、何うじゃア」
やま「これは面白い、はい、私が云う事を聴かない時は殺すとは恐ろしいお方、さア殺すならお殺しなさい」
又「これさ、何うしてお前が可愛くって殺せやあせぬ、殺すまでお前に惚れたと云うのじゃ」
やま「何を仰しゃる、死ぬ程惚れられても私は厭だ、誰が云う事を聴くものか、厭で/\愛想が尽きたから行って下さいよう」
又「愛想が……本当に切る気に成りますぞ」
やま「さアお切りなさい」
又「然《そ》う云われても殺す気ならば、是ほど思やアせんじゃアないか、えゝか、ほんに云う事を聴かぬと、私《わし
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