とりのぼ》せて居りますから、木の根に躓《つまづ》き倒れる処を此方《こちら》は駈下《かけお》りながら一刀浴せ掛ければ、惠梅比丘尼の肩先深く切付けました。
梅「あゝ私を切ったな悪党、お前は私を殺して彼《あ》のおやまさんを又口説こうという了簡だな」
 と足にしがみ付くを、
又「おゝ知れた事だ」
 と云いながら、刀を逆手《さかて》に持直し、肩胛《かいがらぼね》の所からうんと力に任して突きながら抉《こじ》り廻したから、只《たっ》た一突きでぶる/\と身を慄わして、其の儘息は絶えましたが、麓《ふもと》から人は来はせぬかと見ましたが、誰《たれ》あって来る様子もないから、まず谷へ死骸を突落そうと思うと、又市の裾に縋《すが》り付いたなりで狂い死《じに》を致しました故中々放す事が出来ませんから、惠梅の指を二三本切落して、非道にも谷川へごろ/\/\/\どんと突落し、餞別に貰いました小豆《あずき》や稗《ひえ》は邪魔になりますから谷へ捨て、血《のり》を拭って鞘に納め、これから支度をして、元来た道を白島村へ帰って来ました。悪い奴は悪い奴で、おやまの家《うち》の軒下へ佇《たゝず》んで様子を聞くと、おやま山之助は、何かこそ/\話をしている様子でございます。とん/\/\/\。
又「おやまさん」
山「はい誰だえ」
又「一寸《ちょっと》開けてお呉んなさい、又市じゃア明けてお呉んなさい」
やま「又来たよ、又市が何うして来たねえ」
山「はい何でございますか、昼間お立ちなすった方ですか」
又「一寸開けて下さい、災難事が有って来たから」
山「はい/\」
 と山之助が表の半戸《はんど》を開けますと、きょと/\しながら這入って、
又「此方《こちら》へ惠梅比丘尼は来ませんか」
山「いゝえお出《いで》なさいません」
又「はてな何うも、今に此方へ来るに相違ないが、城坂峠へ掛るとね、全体月岡へ泊れば宜かったが、修行の身の上路銀も乏しいから一二里は踏越そうと思ったから、峠の中ばまで掛ると、四人ばかり追剥が出まして、身ぐるみ脱いで置いて往《い》けという故、此方《こっち》は修行者でございますから路銀は有りませぬ、お比丘尼を助けてと云うに、然《そ》うは往かぬときら/\する刀を抜いて威《おど》す故、私《わし》がお比丘に目配《めくば》せしたら惠梅比丘尼は林の中へ駈込んで逃げたから、最う宜《よ》いと思い、種々《いろ/\》云って透《すき》を見て逃げようと思い、只今上げます、些《ちっ》とばかり旅銀《ろぎん》も有るから差上げますから、手をお放しなさいと云うと、ほっと手が放れるが否《いな》[#ルビの「いな」は底本では「いや」]や、転がり落ちて死ぬるか生《いき》るか二つ一つと、一生懸命谷へ駈け下《お》り逃げたが、比丘尼は外《ほか》へ行《ゆ》く処はない、お前さんの処《とこ》へ来るに相違ないと思ったが、未だ来ませんか」

        四十二

やま「あれまア、余《あん》まり遅うお立で、途中で間違が有ってはいけませんと思いましたが、それは/\お比丘様は今にお出《いで》でしょうからお上りなすって……山之助お草鞋《わらじ》でおいでなさるから足を洗って」
又「いや怖い目に遭いました、あゝ心持が悪い、二三人できら/\するのを抜きました故な、此方《こっち》も命がけで切抜けました故、疵《きず》を受けたかも知れぬ、着物に血が着いて居るようで」
山「足を洗ってお上りなさい」
又「はい、私《わし》は怖くて胸の動気が止まらない、どうぞ度胸定めに酒を一杯下さい」
 と是から酒を飲んで空々しい事を云って寝ましたが、此方《こちら》は真実《まこと》と心得伯父に話をすると、惠梅比丘尼の行方《ゆくえ》を尋ねますと、月岡村の雪崩法寿院《なだれほうじゅいん》という寺の山清水の流れに尼の死骸が有ると云うので、その村の人々が気の毒な事と云うて、彼方《あちら》へ是を葬りました事が、翌日の日暮方に分りましたので、
山「何《なに》ともお気の毒様で申そう様《よう》もございません」
又「いや私《わし》も今聞きましたが、山之助さん、まア情ないことに成りました、私は盗人《ぬすびと》に胸倉を取られて居る、惠梅は取られた胸倉を振切って先へ駈下りたなれどなア、女子《おなご》で足は弱し、悪い奴に取囲まれ、切られて死んだかと思えば憫然《ふびん》じゃなア、月岡の寺へ葬りになりましたとは知らずに居りましたが、左様かえ、致し方はない、何うも情ないことで」
山「誠にお気の毒様、嘸《さぞ》お力落しでございましょう」
又「年を取って女房に別れるは誠に厭な心持じゃア、大きに御苦労を掛けましたが何うも仕方がない、不思議の因縁じゃアに依って山之助さん、お前さん方も月岡まで寺参りに往って下さい、私《わし》も比丘を葬りました其のお寺で法事でも為《し》て貰いたい、よく/\因縁の悪いと見えてまア是れ
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