》は思い切って切りますぞ」
と嚇《おど》す了簡と見えて、道中差を四五寸ばかり抜掛けました。是を見るとおやまは驚きまして、
やま「あれえ人殺し」
と云って駈出しました。山之助も驚き飛上り、又市の髻《たぶさ》を把《と》って、
山「姉《あね》さんを何うする」
と引きましたが、引かれる途端に斯う脇差が抜けました。一方《かた/\》は抜身を見たから、
やま「人殺しイ」
と駈出しますのを又市は、人殺しと云うは惠梅を殺した事を訴人《そにん》すると心得ましたから、人を殺し又悪事を重ねても己《おのれ》の罪を隠そうと思う浅ましい心からおやまを遣《や》っては成らぬと山之助を突除《つきの》けて土間へ駈下《かけお》り、後《うしろ》から飛かゝって、おやまの肩へ深く切掛けました。おやまは前へがっぱと倒れる、山之助は姉の切られたのを見て驚き、うろ/\して四辺《あたり》を見廻しますと、枕元に合図の竹法螺《たけぼら》が有りますから、是を取って切られる迄もと、ぶうー/\と竹法螺を吹きました。山家《やまが》では何方《どちら》にも一本ずつ有りまして、事が有れば必らず是を吹きますから、山之助が吹出すと直《じき》隣でぶうーと吹く、すると又向うの方でぶうーと云う、一軒吹出すと離れて居ても山で吹出す、川端の家でも吹出すと、村中で家数《いえかず》も沢山《たんと》は有りませんが、ぶうー/\と竹法螺を吹出し、何事かと猟人《かりゅうど》も有るから鉄砲を担《かつ》ぎ、又は鎌|或《あるい》は鋤《すき》鍬《くわ》などを持って段々村中の者が集まるという。これから水司又市を取押えようとする、山之助おやま大難のお話でございます。
四十四
水司又市は十方でぶう/\/\/\と吹く竹螺《たけぼら》の音《ね》を聞きまして、多勢の百姓共に取捲《とりま》かれては一大事と思いまして、何処《どこ》を何う潜《くゞ》ったか、窃《ひそ》かに川を渡って逃げた跡へ村方の百姓衆が集って来ましたが、何分にも刃物は利《よ》し、斬人《きりて》は水司又市で、お山は余程の深傷《ふかで》でございますから、もう虫の息になって居る処へ伯父が参り、
多「あゝ情ない事をした、そんな悪人とは知らずに、恩返しの為だから丹誠をして恩を返さんければならぬと云って、直《すぐ》に行《ゆ》こうと云うのを無理に留めたが、それが現在自分の連れて来た比丘まで殺して、其の上無理恋慕を言掛けて此の始末に及ぶと云うは悪《にく》い奴、お山何か思い置く事が有りはしないか」
と云うと、山之助も涙ばかり先立ち、胸が閉じて口を利く事も出来ませんが、漸《ようや》くに気を取直して。
山「姉《ねえ》さん/\確《しっか》りしてお呉んなさいよ、今お医者様を呼びに遣《や》りましたから、確かりしてお呉んなさいよ」
と云う。伯父もお山の傍《そば》へ参り耳に口を寄せて、
多「お山やア/\しっかりして呉れよ」
と呼びまする。その声が耳に入《い》ったから、がくりッと心付いて、起上って見ると、鼻の先に伯父が居り弟も居りますが、もう目も見えなくなりましたが、やっと這出して山之助の手を握り、
やま「山之助」
山「あい姉《あね》さん確かりしてお呉んなさいよ伯父さんも此処《こゝ》へ来て居ますよ、村方の百姓衆も大勢来て、手分をして又市の跡を追手《おって》を掛けましたから、今にお前さんの敵《かたき》を捕えて、簀巻《すまき》にして川へ投《ほう》り込むか、生埋《いきうめ》にして憂目《うきめ》を見せて遣ります、姉さん今にお医者様が来ますから、確かりしてお呉んなさい」
やま「伯父さん」
多「あい此処に居りやすから心を慥《たし》かに持ってな、此の位の傷では死にやアしなえから、必ず気を丈夫に持たねえではいけないぞ」
やま「あい伯父さん、永々御厄介になりまして、十六年あとにお父様《とっさま》が屋敷を出て行方知れずになってから、親子三人でお前様のお世話になり、其の中《うち》お母様《っかさま》も亡くなってからは、山之助も私もお前様に育てられ、お蔭で是れまでに大きく成りましたから、山之助に嫁を貰って、私はお前|様《さん》のお力になり、御恩を送る積りで居りましたが、何の因果か悪人の為に、私は伯父さんもう迚《とて》も助かりません、これまで信心をして、何卒《どうぞ》御無事でお父様がお帰り遊ばすようにと、無理な願掛《がんがけ》を致しましたが、一目お目に懸らずに死にまするのは誠に残念でございます、私の無い跡では猶更身寄頼りの無い弟、何卒目を掛けて可愛がって遣って下さい、よ伯父さんお頼み申しますよ」
多「あいよ、そんな心細い事を云って己も娘ばかりでござりやすし、外《ほか》に身寄頼りの無い身の上、娘はあの通りのやくざ阿魔で力に成りやアしねえから、お前方《めえがた》二人が実の娘より優しくして呉れたから、力に思って居
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