梅比丘尼は方々へ斎《とき》に頼まれて参り、種々《いろ/\》な因縁話を致しまして、
梅「私も因縁あって尼になり、誠に私は若い時分種々の苦労も有ったが、只今では仏道に入《い》って胸の雲も晴れて、実に世の中を気楽に渡る、是が極楽と申します」
などと、尤《もっと》もらしい事を云うと、田舎の百姓衆は此方《こちら》へ何卒《どうぞ》いらっしゃって、私の親類が三里先に有りますが、是へもと云ってお布施を貰い、諸方へ参ってお斎を致しますと、お布施の外《ほか》に割麦《ひきわり》或《あるい》は粟《あわ》稗《ひえ》などを貰って、おやまの家《うち》の物を食って居るから、実は何時《いつ》までも置いて貰いたいと思って居りますうちに疵も癒り、或日《あるひ》惠梅比丘尼は山之助と隣村まで参りまして、又市は疵口の膏薬を貼替えまして、白布で巻いては居りますが、疵も大方|癒《いえ》たから酒好《さけずき》と云う事を知り、膳立《ぜんだて》をして種々の肴を拵《こしら》えまして、
やま「もしあなた、一杯お酒を癇《つ》けましたから召上りませんか、お医者様も少し位召上っても障《さわ》りには成らないと仰しゃりますから、一口召上りまして」
又「いや誠に有難う、大した事ではなし、一体酒が好《すき》で旅をするには一杯飲めば気が晴れるから、宿で一杯出せば尼様に隠して内所《ないしょ》で飲むこともある、これは/\有難う……えゝお前はまア姉弟衆《きょうだいしゅう》二人ながら仲よう稼ぎなさる、暗いうちから起きて糸を繰ったり機《はた》を織ったり、また山之助さんは牛馬《ぎゅうば》を牽《ひ》いて姉弟で斯う稼ぐ人は余り見た事がない、実に感心の事じゃ」
やま「いゝえもう二人ながら未だ子供のようでございます、彼《あれ》が年も往《い》きませんから届きません、只私を大事にして呉れます、日々あゝやって御城下へ参りまして、荷を置いて参ります、又|彼方《あちら》から参る物は此方《こちら》へ積んで参りまして少々の賃銭《ちんせん》を戴きます、はい宜く稼ぎますが、丁度飯山の御城下へまいり、お酒の美《よ》いのを買って参りましたが、お肴は何《なん》にもございませんが、召上って下さいまし」
又「いや此処《こゝ》らは山家でも御城下近いから便利でございます、一杯頂戴致しましょう、是ははい御馳走に成ります……一杯|酌《つ》いで下さい、四五日酒を止《や》めて居たので酔いはせんかな」
やま「どうぞ召上って」
となみ/\とつぐ。素《もと》より好きな酒、又市二三杯飲むうち、少し止めて居たから顔へ色がぼうと出ましたけれども、桜色という訳にはいきません、栗皮茶《くりかわちゃ》のような色に成りましたが、だん/\酔《えい》が廻りますと、もとより邪淫奸智《じゃいんかんち》の曲者《くせもの》、おやまは年齢《とし》二十二でございます、美くしい盛りで、莞爾《にっこり》と笑います顔を、余念なく見て居りましたが、
又「あゝ見惚《みと》れますねえ、お前さんの其の、品の良いこっちゃなア…あゝ最う十分に酔《え》いました、もしおやまさん/\」
やま「はい」
又「あの何《なん》で、この先に伯父さんが有るが、彼《あれ》はあなたの真実の伯父さんかえ」
やま「はい私《わたくし》の真実の伯父でございます」
又「御両親はないのかえ」
やま「はい両親はまアない様なものでございます、母は亡なりましたが、親父は私《わたくし》の少《ちい》さい時分行方知れずに成りましてから、いまだに音沙汰がございません、死んだと存じまして出た日を命日として居りますが、ひょっとして存命で帰って来たらと姉弟《きょうだい》で信心して居ります位で」
又「はア左様かえ、お前さんまだ御亭主《ごていし》は持たずに」
やま「はい」
又「二十二に成って亭主《ていしゅ》を持たずに、此のどうも花なら半開という処その何うも露を含める処を、斯う遣《や》って置くは実に惜しいものじゃアね、お前さん」
やま「はい」
又「お前まアねえ、一杯飲みなさいな」
やま「いゝえ私《わたくし》は御酒は少しも戴きません」
又「其様《そん》な事云わんでも宜《よ》い、私《わし》のじゃアに依《よ》って半分ぐらい飲んで呉れても宜いじゃないか」
三十八
やま「いゝえ半分などと仰しゃっては困ります、お厭なれば何卒《どうぞ》其処《そこ》へお残し遊ばして」
又「おやまさん、私《わし》は最うこれ四十に近い年をして、お前のような若い女子《おなご》を想うても是は無駄と知っては居るが、真実お前のような柔《やさ》しい、器量といい、其のどうも取廻しなり口の利きようといい別じゃアて、心に想うて居ても私はまア今まで口に出して言やせぬが何《ど》うだえ、私は真実お前に惚れたぜ」
とおやまの手を取ってぐっと引寄せに掛りましたから堅い娘で驚きまして、振払って後《あと》へず
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