た傳次の襟髪《えりがみ》を取って引倒し、足を押えて居た庄吉の頤《あご》を土足で蹴倒しますると、柳田典藏は驚き、何者だと長いのを引抜いて振上げる。此方《こちら》も透《すか》さず道中差をすらりっと引抜き、
又「何者とは何《なん》だ、悪い奴らだ、繊弱《かよわ》い女を連れて来て、手前達《てまいたち》が何か慰もうと云うのか、ひい/\泣く者を不埓な奴だ、旅だから許してやる、さっ/\と行《い》け、兎《と》や角《こ》う云えば承知致さぬぞ、さっさっと行け」
傳「あゝ痛《いた》え、突然《だしぬけ》に無闇と蹴やアがって、飛んだ奴だ、手前《てめえ》は訳を知るめえが己達は勾引《かどわかし》でも何でもねえ、この女《あまっちょ》には訳があって旦那に済まねえ廉《かど》が有るから、此方《こっち》が為になる様に納得させようと思って居るのに、きいきい云やアがるから嚇《おど》しに押えるのだ、お前《めえ》は何も知らねえで、何もいらざる所へ邪魔アしやアがるな、旅の者だと吐《ぬか》しやアがる手前は」
と月影で顔を見合せると、互に見忘れませぬ。又市も傳次も見たようなと思うと、庄吉は宗慈寺に旧来奉公して居りましたから永禪和尚の顔を能《よ》く知って居りますから、
庄「えゝ/\/\貴方は高岡の永禪様」
永「庄吉か」
庄「永禪様か」
と此の時は又市も驚きまして、此奴《こいつ》らは吾《わが》身上《みのうえ》を知って居る上からは助けて置いては二人の難儀と思い、永禪和尚と声を掛けられるや否や持って居た刀で庄吉の肩へ深く切付ける、庄吉はきゃアと云って倒れる。傳次は驚いて逃げに掛る処を袈裟掛《けさがけ》に切りましたから、ばったり倒れると、柳田典藏は残念に思い、この乱暴人と自分の乱暴人を忘れ振冠《ふりかぶ》って切掛ける。又市は受損じ、蹌《よろ》めく機《はず》みに又市が小鬢《こびん》をはすって頭《かしら》へ少し切込まれたが、又市は覚えの腕前返す刀に典藏が肱《ひじ》の辺《あたり》へ切込みますと、典藏は驚き、抜刀を持ちながらばら/\/\/\山から駈下《かけお》りました。傳次は面部へ疵《きず》を受けながら、
「太《ふて》え奴だ人殺し」
と又市の足へ縋《すが》り付く処を。
又「放せえ、うーん」
と止《とゞ》めを刺しましたから、其の儘息は絶えました。
永「惠梅々々」
梅「はい恟《びっく》りしました」
又「宜《い》いかえ」
梅「あゝ怖い」
又「お前は嘸《さぞ》怖かったで有ろうのう、斯様《かよう》な奴を助けて置くと村方を騒がして何《ど》の様《よう》なる事を為《す》るかも知れぬから、土地の助けに殺したのだ」
やま「有難うございます、命の親でございます」
と手を合せたが、おやまは後《あと》へ下《さが》る、是は又市が刃物を持って居りますから気味が悪いから後へ下る。
又「何も心配は無いから」
と血《のり》を拭《ぬぐ》って鞘《さや》に納め、額の疵へ頭陀の中より膏薬《こうやく》を出して貼付け、後鉢巻《うしろはちまき》をして、
又「さア是から家《うち》まで送ろう」
とおやまの手を取って白島村へ帰ろうとする途中、山之助が帰って伯父に知らせたから、村方の百姓二十人|許《ばか》りおやまの行方を捜しに来る者に途中で出逢い、これから家まで送り届けると云う。是が縁に成って惠梅と水司又市の二人がおやま山之助の家へ来て永く足を留める。これが又一つ仇討《あだうち》に成りまする端緒《いとぐち》でございます。
三十七
おやまの危《あやう》い処《ところ》を助けて、水司又市と惠梅比丘尼は彼《か》のおやまの家《うち》まで送って参る途中で出会いました者は、弟山之助に村方の者でございます。
山「姉は何処《どこ》へ担がれて参ったかと、伯父多右衞門と大きに心配して尋ねに参る処で、貴方が助けて下すったか有難う存じます」
皆々も大悦びでございます。
又「実は斯《こ》う云う訳で、図《はか》らずも通り掛ってお助け申したが実に危《あぶな》い事であった、併《しか》しお怪我もなくて幸いの事で有りましたが、就《つい》ては私《わし》も止むを得ず二人まで殺したからは其の届を出さなければ成るまいが」
多「はい/\届けましても御心配はございません、重々悪い事が有る奴でございますから」
と是から名主へ届けました処が、素《もと》より悪人という事は村方で大概ほしの付いて居ります旅魚屋の傳次なり、おやまを辱《はず》かしめようとした廉《かど》があり、直《すぐ》に桑名川村へ調べに参ると、典藏は家を畳み、急に逐電致しました故、此の事は山家ではあるし、事なく済みましたが、此方《こっち》は急ぐ旅でないから疵《きず》の癒《なお》る間逗留して下さいと云われ、おやま山之助二人暮しの田舎|住居《ずまい》、又市は幸いにして膏薬を貼って此の家《いえ》に逗留して居る間は、惠
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