面目次第もございません、つい一夜《ひとよ》参りましたが、とんと不待遇《ふあしらい》でござって、残念に心得、朋友にも迚《とて》も田舎侍が参っても歯は立たぬなどと云われますから、残念に心得再度参りました処が、如何《いか》に勝手を心得ません拙者でも、余りと云えば二階中の者が拙者を欺きまして、あまり心外に心得まして……それ其処《そこ》に立って居ります、貴方《あなた》のお側に立って居《い》るその小増と申す婦人に迷いまして、金を持って来れば必らず靡《なび》くと申しますから、昨夜二十金才覚致して持って参りますと、それを不礼《ぶれい》にも遊女の身として拙者へ対して悪口《あっこう》を申すのみか、金を膝の上へ叩付けましたから残念に心得、彼様《かよう》な事に相成りまして、誠に何うもお目に留《とま》り恐れ入りますが、どうか御尊父様へも武田様にも内々《ない/\》に願います」
四
善「左様か、この小増は私《わし》が久しい馴染で、斯《こ》ういう廓《くるわ》には意気地《いきじ》と云って、一つ屋敷の者で私に出ている者が、下役の貴公には出ないものじゃ、そこが意気地で、少しは傾城《けいせい》にも義理人情があるから、私が買って居る馴染の遊女だから貴様に出ないのだから、小増の事は諦めてくれ、是は私が馴染の婦人だから」
又「へえー左様で、貴方のお馴染で、ふうー」
小「一寸《ちょっと》水司はん、私《わちき》の大事のね、深い中になって居るお客というのは此の中根はんで、中根はんに出ている私がお前《ま》はんの様な下役に出られますかねえ、宜《よ》く考えて御覧なはいよ、出たくも出られませんからさ、又お前《まえ》はんの様な人に誰が好いて出るものかねえ、お前顔を宜く御覧、あの己惚鏡《うぬぼれかがみ》で顔をお見よ、お前鏡を見た事がないのかえ、火吹達磨《ひふきだるま》みたいな顔をしてさア、お前《ま》はんの顔を見ると馬鹿/\しくなるのだよう」
と云われるから胸に込上げて、又市|逆《のぼ》せ上《あが》って、此度《こんど》は猶《なお》強く藤助の胸ぐらを取ってうーんと締上げる。
藤「あなたいたい……私《わたくし》を、どう…」
又「黙れ、今中根様の仰せらるゝ事を手前存じて居《お》るか、一つ屋敷の者には出ない、上役がお愛しなさる遊女をなぜ己に出した」
藤「あいた……これはあなた気が遠くなります、お助け下さい、死にます」
善「これ/\水司、あれほど云うに分らぬか、若い者を打擲《ちょうちゃく》して殺す気か、痴《たわ》けた奴だ、左様なる事をすると武田へ云ってしくじらせるが何《ど》うか、これ此の手を放さぬか/\」
と云いながら十三間の平骨の扇で続け打《うち》にしても又市は手を放しませんから、月代際《さかやきぎわ》の所を扇の要《かなめ》の毀《こわ》れる程強く突くと、額は破れて流れる血潮。又市は夢中で居ましたが、額からぽたり/\血が流れるを見て、
又「はアお打擲に遇《あ》いまして、手前面部へ疵《きず》が出来ました」
善「左様なまねをするから打擲したが如何《いかゞ》致した、汝はな此の後《ご》斯様《かよう》な所へ立廻ると許さぬから左様心得ろ、痴呆《たわけ》め、早く帰れ/\」
又「何も心得ません処の田舎侍でござって、一つ屋敷の侍が斯様なる所へ来て恥辱を受けますれば、その恥辱を上役のお方が雪《そゝ》いで下さることと心得ましたを、却《かえ》って御打擲に遇いまして残念でござりまする、只今帰るでござる、これ女ども袴と腰の物を是へ持て」
と急に支度をしてどん/\/\/\と毀れるばかりに階子《はしご》を駈下《かけお》りると、止せば宜《よ》いに小増を始め芸者や太鼓持まで又市の跡を付けて来まして、
小「あれさ、お上役に逢っては一言もないからさ泣面《なきつら》してさ、泣面は見よい物じゃアないねえ、あの火吹達磨や、泣達磨や、へご助や」
とわい/\言われるから猶更|逆上《のぼ》せて履物《はきもの》も眼に入《い》らず、紺足袋《こんたび》のまゝ外へ出ましたが、丁度霜月三日の最早|明《あけ》近くなりましたが、霜が降りました故か靄《もや》深く立ちまして、一尺先も見分《みわか》りませんが、又市は顔に流るゝ血を撫でると、手のひらへ真赤《まっか》に付きましたから、
又「残念な、武士の面部へ疵を付けられ、此の儘《まゝ》には帰られん、たとえ上役にもせよ憎い奴は中根善之進、もう毒喰わば皿まで、彼奴《あいつ》帰れば武田に告げ、私《わし》をしくじらせるに違いない、殊《こと》には衆人満座の中にて」
と恋の遺恨と面部の疵、捨置きがたいは中根めと、七軒町《しちけんちょう》の大正寺《たいしょうじ》という法華寺《ほっけでら》の向《むこ》う、石置場《いしおきば》のある其の石の蔭《かげ》に忍んで待っていることは知りません、中根は早帰りで、銀助《ぎん
前へ
次へ
全76ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング