んで、今日も柳田さんがお前さんを呼んでくれと云ったのではない、全く私《わっち》の了簡で、旦那は誠に感心な娘だと云うので、どうも十六年も音信《おとずれ》をしない親父《おやじ》を待って、それ程までに元服もせずに居るとは、実に孝行な事だから嫁が厭なら宜しいが、実にその志操《こゝろざし》に傳次や尚《なお》惚《ほれ》るじゃアねえかと斯《こ》ういう旦那の心持で、誠に尤《もっとも》だからそう云う事ならせめて盃の一つも献酬《とりやり》して、眤近《ちかづき》に成りたいと云うので、決して引張込んで何う斯うすると云う訳じゃアないが、お前さんが得心して嫁になれば弟も引取って世話をすると云う、実に仕合せだから、うんと云ったら宜《い》いじゃアないか」
やま「何をうんと云うのでございますえ、私《わたくし》の身の上は伯父に」
傳「それは伯父さんに聞いたよ、遁辞《いいぬけ》で伯父さんに托《かこつ》けると云う事は知ってる」
やま「知って居るなれば何も仰しゃらんでも宜《い》いじゃア有りませんか、私《わたくし》も今は浪人しては居りますけれども、やはり以前は少々|御扶持《ごふち》を頂きました者の娘でございます、あなた方の御酒のお相手を致すような芸者や旅稼ぎの娼妓《じょうろ》とは違います、余りと申せば失礼を知らぬ馬鹿/\しいお方だ」
三十五
傳「あれ、それじゃア姉《ねえ》さん、だがね、困るねどうも、然《そ》うお前さん言ってしまっては……何とか云い様が有りそうなものだ、何《ど》うも困るね、左様《そう》じゃア」
やま「左様じゃアって考えて御覧なさい、お前さんは頼まれたか知らないが、此処《こゝ》にいらっしゃる方は大小を差した立派なお武家様で、人の娘を知りもしない処《ところ》へ無理遣《むりや》りに引摺込《ひきずりこ》んで、飲めもしない者に盃をさして何うなさる、彼《あ》の方は本当に馬鹿々々しくて、私《わたくし》も武士の家に生れたが、武家はそんな乱暴な馬鹿な真似は為《し》はしません、余《あんま》り馬鹿な事で呆れて愛想もこそも尽果てた厚かましい人だ」
典「なに厚かましいと、何《なん》だ、馬鹿々々しいとは何だ、否《いや》なら否で宜しい、無理に嫁に貰おうと云う訳ではないが、手前が……」
やま「厚かましいから厚かましいと申しました、袖をお放しなさいよ」
と袖を引張るのを、
やま「お放しなさい」
と立上りながら振切って百度の籤《くじ》をぽんと投付けると、柳田典藏の顔へ中《あた》ったから痛《いと》うございます。はっと面《つら》を押えて居るうち戸外《おもて》へ駈出しました。
典「傳次々々」
傳「へえ、何うも彼《あ》の通りで仕様がねえ」
典「だからいけぬと云うに、無理遣りに連れ出して、内々《ない/\》ならば仕様も無いが、斯《こ》ういう茶見世へ参って恥を与えるとは怪《け》しからん事」
傳「お前さん、そう怒っちゃアいけねえ」
典「貴様は最《も》う己《おれ》の家《うち》へ来るな」
傳「そんな事を言ってはいけねえ、旦那腹を立ってはいけません、婆《ばゝあ》がね、娘の跡を追掛《おっか》けたが、居ないから最う仕方がないが、お前さん腹を立っちゃアいけません、そこは処女《きむすめ》で、仮令《たとい》向うが惚れていても、気障《きざ》だよお止しよと振払うのは娘っ子の情で、殊《こと》には二十二まで何だって島田で居る様な変り者《もん》だから、気短かに何う斯うと云うなア、からもう色をした事もないようで、極りが悪いじゃア有りませんか、何でも気長に往《い》かなければいけません、旦那斯うしましょう」
典「もう手前の云う事は聴かぬ、種々《いろ/\》の事を云って籤《さし》を投付けて」
傳「籤《さし》なんぞは何でも無い、此の前張倒されて溝《どぶ》へ落ちた人も有るそうでねえ、斯うなさい、娘を何うかして、そーッと他処《わき》へ連れて行こう」
典「連れて行って何うする」
傳「何うすると云ってまアお聞きなさい、何処《どこ》かへ夜連出して、酷《ひど》い様だが私《わっち》一人ではいけねえ、ぎゃア/\云わねえ様に猿轡《さるぐつわ》でも箝《は》めて、庄吉と二人で葉広山《はびろやま》へ担《かつ》いで行って、芝原《しばはら》の綺麗な人の来《こ》ねえ処で、さて姉さん、是程惚れて居る者を宜く此間《こないだ》は大滝村で恥を掻かしたな、殺して仕舞うと云うのだが、可愛くって殺せねえ、若《も》し云う事を聴かぬ時は武士が立たぬとか男が立たぬとか云って、何でも女房《にょうぼ》に成って呉れ否《いや》てえば仕方がねえから、腕を押えても□□□寝るが何うだ、それよりは得心して知れない様にと云えば命が惜《おし》いから造作アねえ、それから家《うち》へ連れて来て、得心ずくでお前さん□□□寝ちゃア何うです宜うがすか、それで娘の方で屹度《きっと》惚れるねえ、初めて男
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