いさえすれば直《すぐ》だからお逢いなさい」
典「逢うたって、それ程厭てえものを逢う訳にはいきません」
傳「それは工夫で、お前さんと二人で例の茶見世へ行って、旨くもねえ、碌なものはねえが、美《い》い酒を持って行って一ぱい遣《や》って、衝立《ついたて》の内に居るのだね、それで娘がお百度を踏んで帰《けえ》る所を引張込《ひっぱりこ》んで、お前さんが乙《おつ》う世辞を云って一杯飲んでお呉れと盃をさして、調子の好《い》い事を云うと、娘はあゝ程の宜《い》い人だ、あゝ云う方なら嫁に行《ゆ》きたいとずうと斯う胸に浮《うか》んだ時に、手を取って斯う酔った紛れに□ってしまうが宜い、こいつは宜い、これは早い、それで伯父さんに掛合うからいけないが、当人に貴方を見せてえ、これが私《わっち》は屹度《きっと》往《い》こうと思っている」
典「だけれども何かどうも赤面の至りだな、無暗《むやみ》に婦人を引張込んで宜しいかねえ」

        三十四

傳「宜しいたって、お前さんの様な人は近村《きんそん》に有りゃアしません、だからお前さんを見せたい、ちょっと斯《こ》う大めかしに着物も着替え、髪も綺麗にしてね」
典「何《ど》うも何《なん》だか、宜しいかねえ、旨く往《い》くかねえ」
傳「宜しいてえ是は訳はねえ、明日《あした》遣《や》りましょう」
 と悪い奴も有るもので、柳田典藏も己惚《うぬぼれ》が強いから、
典「じゃア往《い》きましょう」
 と翌日《あした》は彼《か》の大滝村へ怪しい黒の羽織を引掛《ひっか》けて、葮簀張《よしずっぱり》の茶屋へ来て酒肴《さけさかな》を並べ、衝立《ついたて》の蔭で傳次が様子を窺《うかゞ》って居ると、おやまが参って頻《しき》りにお百度を踏み、取急いで帰ろうとすると飛出して、
傳「姉《ねえ》さん」
やま「はい」
傳「此の間は」
やま「はい此の間は誠に」
傳[#「傳」は底本では「ぱ」]「此間《こないだ》話したね柳田の旦那が彼処《あすこ》で一杯飲んで居るが、一寸《ちょっと》お前さんに逢いたいと云って」
やま「有難うございますが、私《わたくし》は急ぎますから」
傳「お急ぎでしょうが、そんな事を云っちゃアいけねえ、此間《こないだ》ね、旦那にお頼《たのみ》の事はいけねえと云うと、手前《てめえ》は行《ゆ》きもしねえで嘘だと云って疑ぐられて居て詰らねえから、お前さん厭でも一寸|上《あが》って、傳次さん此間はお草々《そう/\》でしたと云えば宜《い》い、然《そ》うすれば私《わっち》が行ったてえのが通じるのだから、彼処《あそこ》へ往って一寸私に挨拶するだけ」
やま「いけませんよ」
傳「いけねえてえ私《わっち》が困るから、野暮《やぼ》なことを云わずにお出でなさい」
 と無理に引摺《ひきず》り込んだから仕方なしにひょろ/\蹌《よろ》けながら上《あが》り口《ぐち》へ手を突くと、臀《しり》を持って押しますから、厭々上って来ると、柳田典藏は嬉しいが満ちてはっと赤くなり、お世辞を云うも間が悪かったか反身《そりみ》になって、無闇に扇で額を叩き、口も利かずに扇を振り廻したりして、きょと/\して変な塩梅《あんばい》で有りますから、
傳「旦那、旦那お連れ申しました、此方《こちら》へ/\、ぐず/\して居てはいけねえ、姉《ねえ》さんに御挨拶をさ」
典「これは何うも誠に、何か、御信心参りにお出での処《ところ》を斯様なる処へお呼立て申して甚だ御迷惑の次第で有ろうと申した処が、何か、御迷惑でも御酒を飲《あが》らぬなれば御膳でも上げたいと思って、一寸これへ、何うも恐入ります、一寸只御酒はいけますまいから、じゃア御膳を」
 と云うのを傳次は聞いて、
傳「いけねえね、そんな事ばかり云って困るな、めかして居て……一寸姉さんお盃を、お酌を致しますから」
やま「何をなさる、お前さん方は何をなさるのでございますえ、私《わたくし》の様な馬鹿でございますけれども、あなた方は何もお近眤《ちかづき》になった事もない方が無理遣《むりやり》にこんな処へ手を持って、厭がる者を引張込んで、人の用の妨げをして、酒を飲めなんて、私《わたくし》は酒のお相手をする様な宿屋や料理茶屋の女とは違います、余り人を馬鹿にした事をなさいますな」
傳「旦那、腹を立っちゃアいけねえ……姉さん然《そ》う云っちゃアから何うも仕様がねえ、それは然うだがね姉さん人の云う事をお聞きなさいよ、この旦那は早く言えばお前さんに惚れたんだ……旦那、黙って其方《そっち》においでなせえ、お前さん口を出しちゃアいけねえ、黙って頭を叩いておいでなさい…姉さん、人の云う事をお聞きよ、此間《こないだ》伯父さんへ掛合ったのだ、宜《い》いかえ、処がそれはお父《とっ》さんが居ねえので元服もせずに待って居ると云うお話だから、その事を柳田さんに話すと、それは御尤《ごもっとも》だて
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