け》に云いますよ、彼《あ》れはなアとてもな無駄でございます」
傳「へえ何う云う訳で」
三十三
多「いえ十六年|前《あと》に親父《おやじ》が行方知れずになって、今に死んだか生きたか知れない、音も沙汰もねえでございますが、ひょっと親父が存生《ぞんしょう》で帰った時は、親父に一言の話もしないで聟を取ったり嫁に行っては済まぬと云って、姉弟《きょうだい》で、あゝ遣《や》って、元服もせずに居りますくらいでござりやすから、何処《どこ》から何《なん》と云っても駄目でござりやす、聟でも取って遣りたいが中々|左様《そう》言ったって聴きアしませんから」
傳「それじゃアお父《とっ》さんが帰らねえでは相談は出来ませんか」
多「へえ親父が帰れば直《すぐ》に相談が出来ますが、帰らぬうちは駄目でござりやして、ひやア」
傳「弱りましたね、左様なら」
と呆然《ぼんやり》帰って来て。
傳「へえ往って来ました」
典「いやもう待って居ました」
傳「へえ」
典「何《ど》うもね、お前は弁舌が宜《よ》し、何かの調子が宜《い》いから先方で得心するなら、多分のお礼は出来ぬが、直にうんと得心の上からは失礼の様だが、まア当座十金差上げるつもりで目録包にして此処《こゝ》に有るので」
傳「へえー、からどうも仕様がねえね、誠に何うもいけません、幾ら金を包んでも仕様がねえあれは」
典「何ういう訳で」
傳「何うたっていけません、誠に話は無しだねえ、親父が十六年あとに行方知れずに成ったから、親父の帰《けえ》らぬうちは嫁にも行《い》かぬ聟も取らぬ、元服もしねえ、親父に聴かねえうちにしては済まぬてえ彼《あ》れは変り者《もん》でげす、いけませんよ、へえ」
典「いかぬと云うのか」
傳「えー往《い》かねえと云うのでげす」
典「左様か仕様がない、それは仕方がない、それは先方《むこう》で厭《いや》なんでげしょうが、然《そ》う云わなければ断り様がないからだ、今時の者が親父が十六年も行方知れず音沙汰のない者を待って元服もせずに居るなんて、そんなら二十年も三十年も四十年も帰らぬ時は何うする、白髪《しらが》になって島田で居る訳にもいかぬが、それは先方が断り様がないから、然う云うのだ、宜しい/\、宜しいけれども実は事を極めて来たら直に礼をする心得で、ちゃんと金も包んで置いたが、仕方がない、是までの事だ」
傳「から何うも仕様がねえ変り者《もん》でげすな、お前《めえ》さんの云う通り白髪《しらが》の島田はないからねえ、何うも仕様がないね何うも」
典「貴公|私《わし》の名前を先方《せんぽう》へ言いますまいねえ」
傳「私《わっち》は左様《そう》言いましたよ、柳田典藏|様《さん》と云う手習《てなれえ》の師匠で、易を立《たっ》て斯《こ》うとすっかり列《なら》べ立ったので」
典「それは困りますね、姓名を打明《うちあか》して呉れては恥入るじゃアないか」
傳「だって余程《よっぽど》受けが宜かろうと思って列べたので」
典「それはいかぬ、先《まず》先方で縁談が調《とゝの》うか否《いな》かを聞いて詳《くわし》くは[#「詳《くわし》くは」は底本では「詳《くは》くは」]云わんで、然《しか》るべき為になる家《うち》ぐらいの事を云って、お前|行《ゆ》くか、はい参りますとぼんやりでも云ったら、そく/\姓名を打明けて云っても宜《い》いが、極らぬうちから姓名を打明けては困りますな、何うも最《も》う少し何か事柄の解《わか》るお方かと思ったら存外考えがなかった、宜しい/\、実は荒物屋の店でも貴公に出させようと思って、二三十金は資本《もとで》を入れる了簡で、媒介親《なこうどおや》と頼まんければ成らぬと思いまして……最う少し万事に届く方と思ったが、冒頭《のっけ》に姓名を明かされては困りますねえ、実に恥入る」
傳「然う怒ったっていけません、旦那、旦那怒っちゃいけません、斯う仕ようじゃアございませんか、種々《いろ/\》私《わっち》も路々《みち/\》考えたが私の云う事を聴いて然うお前《まえ》さん云ってしまってはいけねえ、あれさ、そんな事をぷん/\怒ったっていけません、何でも気を長くしなければ成らねえ、あの娘は不動様へ又お参りに来ましょう、そこでまだ貴方を見ねえのだから先刻《さっき》私《わっち》が話を聴いて見ると、斯ういう墨《くろ》の羽織を着て、斯々《これ/\》の方を御覧かと云ったら急いだから存じませんと云うから、あの娘に貴方を見せたいや、貴方ね、二十二まで独身《ひとり》で居るのだから、十九《つゞ》や二十《はたち》で色盛《いろざかり》男欲しやで居るけれども、貴方をすうっとして美男《いゝおとこ》と知らず、矢張《やっぱり》村の百姓と思って居るから厭だと云うかも知れねえから、お前さんの色白で黒の羽織を着てね、それが見せたい、まだ当人に逢わないからで、娘が逢
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