気象で、姉弟してひょっとお父様《とっさま》がお帰りの有った時は、伺《うかゞ》わずに元服しては済まないと云うので二十二で、大島田に結って居ると申す真実正しい者で、互いに姉弟が力に思合《おもいあ》いまして、山之助は馬を引き或《あるい》は人の牛を牽《ひ》きまして、山歩きをして麁朶《そだ》を積んで帰る。姉は織物をしたり糸を繰《と》ったりして隙《すき》はございませんが、少し閑《ひま》が有れば大滝村の不動様へ親父《おやじ》の生死《いきしに》行方が知れますようにと信心して、姉弟二人中ようして暮して居ります。門口から旅魚屋の傳次がひょこ/\お辞儀をして。
傳「へい御免なさい」
山之助「はいお出でなさい」
傳「今日は結構なお天気で」
山「はい、何方様《どなたさま》で」
傳「へい私《わっち》も久しく此地《こちら》に居りますからお顔は知って居ります、私は廣藏親分の処《ところ》に居る傳次と云う魚屋でございますが親分の厄介者《やっけえもの》で」
山「へえそうでございますか」
傳「どうも感心でげすね、姉様《ねえさん》を大事になすって、お中が宜《いい》って実に姉弟で斯《こ》う睦ましく行《ゆ》く家《うち》はねえてえ村中の評判でございますよ、へえ御免なさいよ」
やま「さアお掛けなさい、何か御用でございますか」
傳「へえ姉様《ねえさん》まアね藪《やぶ》から棒に斯《こ》んな事を申しては極りが悪うございますが、頼まれたからお前さんの胸だけを聞きに来ましたが、あの大滝の不動様へお百度を踏みにいらっしゃいますね」
やま「はい」
傳「今日お百度を踏んで帰んなさる時、葮簀張《よしずっぱり》の居酒屋でそれ御ぞんじでげしょうね、詰らねえ物を売る、彼処《あすこ》にね腰を掛けて居た、黒の羽織を着て大小を差し色の浅黒い月代《さかやき》の生えた人柄の宜《い》い旦那をごらんなすったか」
やま「はい私《わたくし》は何だか急ぎましたから、薩張《さっぱり》存じません」
傳「彼《あ》の方は元お使番《つかいばん》を勤めた櫻井監物の家来で、柳田典藏と仰しゃる大した者、今は桑名川村へ来て手習《てなれえ》の師匠で医者をしてそれで売卜《うらない》をする三点張《さんてんばり》で、立派な家《うち》に這入って居て、これから追々《おい/\》田地《でんじ》でも買おうと云うのだが、一人の身上《みのうえ》では不自由勝だから、傳次女房を持ちてえが百姓の娘では否《いや》だが、聞けば何か此方《こちら》の姉《ねえ》さんは元|武士《さむれえ》のお嬢さんで、今は御運が悪くって山家へ這入って居る様子だが、彼の姉さんを嫁に貰《もれ》えてえが傳次お前は同じ村に居るなら相談して貰いてえと頼まれましたが、そうすれば弟御様《おとゝごさま》は一緒に引取り、先方《むこう》で世話をしようと云う、お前さんも弟様《にいさん》も仕合《しやあ》せで、此の上もねえ結構な事、お前さんの為を思って私《わちき》は相談に来たんだが、早速お話になるよう善は急げだが何《ど》うでげしょう」
やま「まことに御親切は有難うございますが、私《わたくし》の身の上は伯父に任して居りますから、伯父さえ得心なれば私は何うでも宜《よ》いので」
傳「へえ伯父さんあの多右衞門さんでげすかえ、へえ然《そ》うで、堅い方で、長い茶の羽織を着て居るお人かね、時々逢います、あの伯父さんさえ得心なれば宜しいの、宜しい、左様なら」
 と直《すぐ》に伯父の処へ行《ゆ》きまして。
傳「へえ御免なさい」
多「はい何方《どちら》から、さア此方《こちら》へ」
傳「へえ私《わっち》は廣藏親分の処に居ります、傳次てえ不調法者で」
多「左様で御ざりやすか、御近所に居りましても碌にお言葉も交《かわ》しませんで、何分不調法者で、此の後《ご》ともお心安く願います」
傳「へえ私《わっち》も何分お心易く願います、就《つ》いてはね、今|姉《ねえ》さんの処へ往ったのでげすが……あなたには姪御《めいご》さんでありますね」
多「へえ、おやまに」
傳「へえ姪御さんに逢ってお話をした処が、伯父さんさえ得心になれば宜《い》いと云う嫁の口が出来たので、誠に良《い》い口で、桑名川村の柳田典藏と云う大した立派な武士《さむれえ》だが、運が悪いとは云いながら此方《こっち》へ来て田地や何かも余程有り、また是から段々|殖《ふや》そうという売卜《うらない》に手習《てなれえ》の師匠に医者の三点張と云う此のくらい結構な事は有りませんが、彼処《あすこ》へお遣《や》りなすっては何うで、弟御《おとゝご》ぐるみ引取ると云うので、随分お為になる処でございますが」
多「おやまが貴方《あなた》に御挨拶致すに伯父が得心なれば構わぬと言いましたか」
傳「えゝ言いました」
多「何うも自分ではお断りが仕憎《しにく》いから、大概の事は私《わし》の処へ行って相談して呉れと、まず言抜《いいぬ
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