どう云うまアその間違だか知れませんが、けれどもねそんな何うもその、私共は尼の身の上で居《い》る者を、荒物屋の女房《にょうぼ》なんてまア何う云う何《なん》かね……お前さん」
永「さア何ういう訳で其様《そないな》ことを、さア誰がそんな事を言ったえ」
又「隠しちゃアいけねえ、あなたは一箇寺《いっかじ》住職の身の上で、このお梅さんと間男をするのみならず、亭主の七兵衞が邪魔になるというので、薪割で打殺《ぶちころ》して縁の下へ隠した事が、博奕《ばくち》の混雑から割れて、居《い》られねえのでお梅さんの手を引いて逃げて来なすった時に、私の忰の眞達と何処《どこ》でお別れなすったい」
永「これ何を云う、何を云うのじゃ、思い掛けない事を云って、眞達なんて、それはまるで人違いじゃア無いか、何ういう訳じゃ、眞達さんと云うのは昨夜《ゆうべ》話に聞いたが、私《わし》は知りアせぬが」
又「とぼけちゃアいけねえ、お前さん、しらアきったって種が上《あが》って居るから役に立たねえ、眞達を連れて逃げては足手まといだから、神通川の上《かみ》大沓の渡口で忰を殺して逃げたと言ってしまいなせえ、おい隠したっても役に立たねえ」
永「何うもこれは思いがけないことを言って、まアそんな事を言って何うもどゞ何ういう理窟で其様《そん》な事を云うか……のう惠梅様」
梅「本当に何だって其様《そんな》事を云いますか、私どもの身に覚えのない事を言いかけられて、何うも何ういう訳で、その何だか、それが実に、それはお前は何ういう訳で」
又「何ういう訳だってもいかねえ、種が上って居るから隠さずに云え、云わなければ詮方《しかた》がねえ、お前方二人をふん縛《じば》って落合の役所へ引いても白状させずには置かねえ、さア云わねえか、云わなければ了簡が有る、おい云わねえか」
と云われこの時は永禪和尚もこれは隠悪《ぼく》が顕《わ》れたわい、もう是れまでと思って爺《じゞ》い婆《ばゞあ》を切殺して逃げるより外《ほか》はないと、道中差《どうちゅうざし》の胴金《どうがね》を膝の元へ引寄せて半身構えに成って坐り、居合《いあい》で抜く了簡、※[#「てへん+丙」、第4水準2−13−2]《つか》へ手をかけ身構える。爺も持って参った鉄砲をぐっと片手に膝の側へ引寄せて引金に手を掛けて、すわと云ったら打果そうと云うので斯《こ》う身構えました。互いに竜虎の争いと云おうか、呼吸《いき》の止るようにうーんと睨合《にらみあ》いました時は側に居るお梅はわな/\慄《ふる》えて少しも口を利くことも出来ません。永禪は不図《ふと》後《うしろ》に火縄の光るのを見て、此奴《こいつ》飛道具《とびどうぐ》を持って来たと思うからずーんと飛掛り、抜打《ぬきうち》に胸のあたりへ切付けました。
二十九
又「やア斬りやアがったな」
と引金を引いてどんと打つ、永禪和尚は身をかわすと運の宜《い》い奴、玉は肩を反《そ》れてぷつりと破壁《やぶれかべ》を打貫《うちぬ》いて落る。又九郎は汝《おの》れ斬りやアがったなと空鉄砲《からでっぽう》を持って永禪和尚に打って掛るを引《ひ》っ外《ぱず》して、
永「猪口才《ちょこざい》な事をするな」
と肩先深く斬下《きりさ》げました。腕は冴《さ》えて居るし、刃物《きれもの》は良し、又九郎横倒れに斃《たお》れるのを見て婆《ばゞあ》は逃出そうと上総戸《かずさど》へ手を掛けましたが、余り締りを厳重にして御座いまして、栓張《しんばり》を取って、掛金《かけがね》を外す間もございません、処《ところ》へ永禪は逃げられては溜らぬと思いましたから、土間へ駈下《かけお》りて、後《うしろ》から一刀婆に浴せかけ、横倒れになる処を踏掛《ふみかゝ》ってとゞめを刺したが、お梅は畳の上へ俯伏《うつぶし》になって、声も出ませんでぶる/\慄《ふる》えて居りました。ところへ見相《けんそう》変えて血だらけの胴金を引提《ひっさ》げて上って来ました。
永「あゝ危《あやう》い事じゃったな」
梅「はい」
永「確《しっ》かりせえ」
梅「確かりせえたって私は窃《そっ》と裏から逃げようと思ってる処に、鉄砲の音を聞いて今度ばかりは本当に死んだような心持になりましたよ」
永「毒喰わば皿まで舐《ねぶ》れだ、止《や》むを得ぬ、えゝ悪い事は出来ぬものじゃ、怖いものじゃア無いか」
梅「本当に怖い事ね」
永「此処《こゝ》に泊ったのが何うして足が附いたか、もう此処に長う足を留めて居る事は出来ぬ、広瀬の追分を越えるだけの手形が有るから差支《さしつか》えはないが、今夜此処を逃げて仕舞うと、死骸は有るし夜中に山路は越えられないから今夜は此処に寝よう」
梅「怖くって、寝られやアしません」
永「今夜は誰も尋ねて来《き》やアせんから」
梅「死骸は何うするの」
永「宜《えゝ》わ」
と又九郎夫婦の死骸をごろ
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