/\土間へ転がして、鉄砲を持って来て爺婆の死骸を縁の下へ入れましたが、能《よ》く死骸を縁の下へ入れる奴です。これから血の掃除を致し、図々《ずう/\》しく残りの酒を飲んで永禪和尚は鼾《いびき》をかいて寝ましたが、実に剛胆な奴であります、翌朝《よくちょう》身支度をして何喰わぬ顔で、此処を出ましたが、出ると急ぎまして、宜《よ》い塩梅《あんばい》に広瀬の渡《わたし》を越して、もう是れまで来れば宜いと思うと益々雪の降る気候に向って、行《ゆ》く事も出来ませんから、人知れず千島村《ちしまむら》という処へ参って、水無瀬《みなせ》の神社の片傍《かたほとり》の隠家《かくれが》に身を潜め、翌年雪も解け二月の月末《つきずえ》に越後地へ掛って来ます。芦屋《あしや》より平湯駅《ひらゆえき》に出で、大峠《おおとうげ》を越し、信州松本《しんしゅうまつもと》に出まして、稲荷山《いなりやま》より野尻《のじり》、夫《それ》より越後の国|関川《せきがわ》へ出て、高田《たかた》を横に見て、岡田村《おかだむら》から水沢《みずさわ》に出まして、川口《かわぐち》と云う処に幸い無住《むじゅう》の薬師堂が有ると云うので、これへ惠梅比丘尼を入れて、又市が寺男になって居てお経を教えて居る。其の中《うち》に尼はだん/\覚えてお経を読むようになると、村方から麦或いは稗《ひえ》などを持って来て呉れるから、貰う物を喰って漸《ようや》く此処に身を潜めて居る中に又市も頭髪《かみ》は生えて寺男の姿になり、片方《かた/\》は坊主馴れて出家らしく口もきく此処に足掛三年の間居りますから、誰有って知る者はございません。爰《こゝ》にお話は二つに分れまして寛政九年八月十日の事でございますが、信州|水内郡《みのちごおり》白島村《しろしまむら》と申す処がございます。是は飯山《いいやま》の在で山家《やまが》でございます。大滝村《おおたきむら》という処に不動様がありまして、その側《わき》に掛茶屋があって、これに腰を掛けて居ります武士《さむらい》は、少し羊羹色《ようかんいろ》ではありますが黒の羽織を着て、大小を差して紺足袋に中抜《なかぬき》の草履を穿《は》き、煙草を呑んで居りますると、此の前を通りまする娘は年頃二十一二でございますが、色のくっきり白い、山家に似合わぬ人柄の能《よ》い女で、誠におとなしやかの姿で、前を通って頻《しきり》[#「頻《しきり》」は底本では「頻《しき》」]に不動様を拝みお百度を踏んで居ります。武士は余念もなく彼《か》の娘の姿を見て居りますが、お百度だから長うございます。自分も用があるのに出掛けようともしませんで、お百度の済むまで、娘が往ったり来たりするのを見て、頭《くび》を彼方《あっち》へふり此方《こっち》へふり、お百度の歩く通りに左右へ頭を廻して、とうとう仕舞《しまい》まで見て居りました。
武士「あゝ美しいな、婆ア今あの不動様へお百度を上げて居た彼《あ》の女は、何処《どこ》の女だのう」
三十
婆「はいありゃア何《なん》でござりやすよ、あの白島村の者でござりやすが、能《よ》く間があると参詣にひえー参《めえ》りやすが、ありゃア信心者でござりやして、何でも廿八日には暴風雨《あらし》があっても欠かさないでござりやしてな、ひやア」
武士「宜《い》い女だね」
婆「ひやア此処《こけい》らにはまア沢山はねえ女でござりやすよ、ひやア」
武士「何処《どこ》の何者の娘かな」
婆「何だか知りやしねえが武士《さむらい》の娘で有りやすが、浪人してひやア此の山家へ引込《ひっこ》んだ者じゃアはと評判ぶって居りやす、ひやア」
武士「はア左様かのう」
男「ちょっと/\旦那え」
と後《うしろ》に腰を掛けて居りました鯔背《いなせ》の男、木綿の小弁慶《こべんけい》の単衣《ひとえもの》に広袖《ひろそで》の半纏《はんてん》をはおって居る、年三十五六の色の浅黒い気の利いた男でございます。
武士「いやお前はナニとんと心付かぬで、何処にお居《い》でかな」
男「この衝立《ついたて》の後に有合物《ありあいもの》で一杯やって居ります、へー、碌な物は有りませんが、此の家《うち》の婆さんは綺麗|好《ずき》で芋を煮ても牛蒡《ごぼう》を煮ても中々加減が上手でげす、それに綺麗好だから喰い心がようございます」
武士「はゝあ貴公何だね、言葉の様子では江戸|御出生《ごしゅっしょう》の様子だね」
男「へい旦那も江戸児《えどっこ》のようなお言葉遣いでげすね」
武士「久しく山国《やまぐに》へ来て居て田舎者に成りました」
男「今の娘を美《い》い女だと賞《ほ》めておいでなすったが、あれは白島村の何《なん》です元は武士《さむらい》だと云いますが、何《ど》ういう訳か伯父が有ると云うので、姉弟《きょうだい》で伯父の世話になって居ますが、弟は十六七でございますが
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