左様《さよ》なれば」
婆「どうぞお帰りにお待ち申します」
清「大《おお》けにお妨げを致しみした、左様《さよ》ならば」
又「お前さん山手の方へよってお出《いで》なさいませんと、道が悪うございますよ、崩れ掛った所が有りますから、何時もいう通りにね、あの寄生木《やどり》の出た大木の方に附いてお出でなさいよ……あゝまア思い掛《がけ》なく清兵衞さんがお出でなすって、一晩お泊め申して緩《ゆっ》くり話を聞きたいが、お急ぎと見えてハイもう影も見えなく成った、のう婆さん忰の殺されたのは十九日の明方大沓の渡口だったのう婆さん」
婆「あい」
又「奥に泊って居る客人は己《おれ》の所《とこ》へ幾日《いっか》に泊ったっけな」
婆「あれは先々月のちょうど、二十日《はつか》の晩に泊りました」
又「二十日……えー十九日の明方に川を渡って湯の谷泊りと仰《おっし》ゃったが、ちょうど二十日が己の所へお泊りと……婆さん、あのお比丘さんの名はお梅という名じゃないか」
婆「何だか惠梅《えばい》様/\と云ったり、またお梅と呼びなさる事もあるよ」
又「はゝア何でも此の頃|頭髪《あたま》を剃《す》った比丘|様《さん》に違いない、毛の生えるまで足溜《あしだま》りに己の家《うち》へ泊って居るのだ、彼奴《あいつ》ら二人が永禪和尚にお梅かも知れねえぜ、のう婆さん」
婆「それア何とも云えないよ」
又「酒をつけろ」
婆「酒をつけろたってお前」
又「宜《い》いからつけろ、表の戸締りをすっぱりして仕舞え、一寸《ちょっと》明けられねえ様に、しん張《ばり》をかってしまいな、酒をつけろ」
婆「酒をつけろたってお前さん無理酒《むりざけ》を飲んではいけないよ、無理酒は身体に中《あた》るから、忰が死んだからってもやけ酒はいけないよう」
又「もう死んだっても構うものか、身体に中ったってよい/\になって打倒《ぶったお》れて死んだって、何も此の世に思い置く事はない、然うじゃないか、お前《めえ》は己が死んだって、一生食うに困るような事はねえから心配しなさんな、己はもう何《な》にも此の世の中に楽しみはねえから、酒をつけろ」
と燗鍋で酒を温《あたた》め、燗の出来るも待てないから、茶碗でぐいぐいと五六杯引っかけて、年は五十九でございますが、中々きかない爺《じゞい》、欄間に掛った鉄砲を下《おろ》して玉込《たまごめ》をしましたから。
婆「爺さんお前何をするのだえ、また鹿でも打ちに往《ゆ》くのかえ」
又「えゝ黙って居ろ、婆さん己は奥へ行って掛合ってな、何処《どこ》までも彼奴ら二人に白状させるつもりだが、きゃアとかぱアとか云って逃げめえものでもねえ、若《も》し逃げに掛ったら、手前《てめえ》は此の細口《ほそくち》から駈出して、落合の渡しへ知らせろ、此方《こっち》は山手だから逃げる気遣《きづか》いはない、えゝ心配するな」
と山刀《やまがたな》を帯《さ》して片手に鉄砲を提《さ》げ、忍足《しのびあし》で来て破れ障子に手を掛けまして、窃《そう》っと明けて永禪和尚とお梅の居ります所の部屋へ参って、これから掛合《かけあい》に成りますところ、一寸一息つきまして。
二十八
又九郎は年五十九でございますが、中々きかん気の爺《おやじ》で、鉄砲の筒口《すぐち》を押し握ってそっと破れ障子を開けると、此方《こちら》はこそ/\荷拵《にごしら》えを致して居る処《ところ》へ這入って来ましたから、覚《さと》られまいと荷を脇へ片付けながら、
永「誰じゃ」
又「へい爺《じゞい》でございます」
永「おや是は/\、さア此方《こちら》へお這入りなさい、未《ま》だ寝ずかいのう」
又「まだ貴方《あなた》がたもお寝《やす》みでございませんか」
永「寝ようと思っても寒うて寝られないで、まだ起きて居ました」
又「へい早速お聞き申したいことが有って参りましたが、貴方がたのお国は、何処《どちら》でございますかな」
永「うーん何《なん》じゃ、私《わし》は大聖寺《だいしょうじ》の者じゃ」
又「大聖寺へえー、大聖寺じゃアありますまい、貴方がたは越中の高岡のお方でございましょうがな」
永「うゝんイヤ私《わし》は大聖寺の薬師堂の尼様のお供をして来た者じゃア、何で高岡の者とお前が疑って云いなさるか」
又「お隠しなさってもいかねえ、貴方は高岡の大工町宗慈寺という真言寺の和尚様で、永禪さんと仰しゃるだろうね」
永「何を言うのじゃ、そんな詰らぬ事をそれは覚えない、何《ど》ういう事で私《わし》を然《そ》う云うか知らぬけれども、それは人違いだろう」
又「隠してもいけません、そちらの惠梅様というお比丘尼|様《さん》は前町の藤屋という荒物屋の七兵衞さんのお内儀《かみさん》で、お梅さんと云いましょうな」
永「何を詰らぬ事……飛んだ間違いでお前の事をあないな事を云う」
梅「まア何うもねえ、
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