恐れて、逃げて/\信州路へ掛っても間に合わぬから、此奴をくり/\坊主にして私も坊主になってとうとう飛騨口へ逃込んだのよ」
永「ふうん然うかえ」
又「それがお前さん面白い話でどうも高山にもうっかり居《い》られないで、だん/\廻って落合の渡しを越えて、此の三河原と云う此処《ここ》の家《いえ》へ泊ったが不思議の縁でございます、先《せん》に又九郎《またくろう》と云う夫婦が有ってそれが私が泊って翌日立とうかと思うと、寒さの時分では有るが、誠に天の罰《ばち》で、人が高い給金を出して抱えて居る女郎《じょうろ》を引浚《ひきさら》って逃げた盗賊の罪と、国に女房子を置放《おきぱな》しにした罰が一緒に報って来て私は女房《これ》のか[#「か」に傍点]の字を受けたと見えて痳病《りんびょう》に痔《じ》と来ました、これがまた二度めの半病床《はんどや》と来て発《た》つことが出来ませんで、此処の爺《じゝい》婆《ばゝあ》に厄介になって居りますると、先の又九郎夫婦が誠に親切に二人の看病をして呉れ、その親切が有難いと思って稍《やゝ》半年も此処に居りまして、漸《ようや》く二人の病気が癒《なお》ると、此処の爺婆が煩《わずら》い付いて、迚《とて》も助からねえ様になると、その時私共を枕辺《まくらもと》へ喚《よ》んで、誠に不思議な縁でお前方は長く泊って下すったが、私はもう迚《とて》も助からねえ、どうもお前方は駈落者の様だが、段々月日も経って跡から追手も掛らぬ様子、何処《どこ》か是から指して行《ゆ》く所がありますかと云うから、私共《わたくしども》は何処も行く所はないが、まア越後の方へでも行こうと実は思うと云うと、そんなら沢山も有りません、金は僅《わず》かだが、この後《うしろ》の山の焚木《たきゞ》は家《うち》の物だから、山の蕨《わらび》を取っても夫婦が食って行くには沢山ある、また此所《ここ》を斯《こ》うすれば此所で獣物《けだもの》が獲れる、冬の凌《しの》ぎは斯う/\とすっぱり教えて、さて私の家《いえ》には身寄もなし婆《ばゝあ》も弱《よぼ》くれて居るから、私が命のない後《のち》はお前さん私を親と思って香花《こうはな》を手向《たむ》け、此処《ここ》な家の絶えぬようにしてお呉んなさらんか、と云う頼みの遺言をして死んだので、すると婆様《ばあさま》が又続いて看病疲れかして病気になり、その死ぬ前に何分頼むと言って死んだから、前に披露《ひろめ》もしてあったので、近辺の者も皆得心して爺さん婆さんを見送ったから、つい其の儘ずる/\べったりに二代目又九郎夫婦に成ったのでございます、あなた恰《ちょう》ど今年で二十三年になるが、住めば都と云う譬《たとえ》の通りで、蕨を食って此処に斯う遣《や》って潜んで居ますがねえ、随分苦労をしましたよ」
永「そうかねえ、苦労の果じゃがら万事に届く訳じゃのう、でも内儀《かみ》さんと真実|思合《おもいお》うての中じゃから、斯うして此の山の中に住んで居るとは、情合《じょうあい》だね」
又「情合だって婆さんも私も厭《いや》だったが、外《ほか》に行《ゆ》く所がなし詮方《しかた》がないから居たので」
永「じゃア富山の稲荷町で良い商人《あきんど》で有ったろうが、女房子はお前の此処に居る事を知らぬかえ、此の飛騨へは富山の方の者が滅多に来ないから知らぬのじゃなア」
又「えゝそれは私が家を出てから行方が知れぬと云って、家内が心配して亡《なく》なり、それから続いて家《うち》は潰れる様な訳で、忰《せがれ》が一人ありましたが、その忰平太郎と云う者は、仕様がなくって到頭お寺様か何かへ貰われて仕まったと云う事を、ぼんやり聞いて居りましたが、妙な事で、去年富山の薬屋、それお前さん反魂丹《はんごんたん》を売る清兵衞《せいべえ》さんと云う人が家へ来て、一晩泊って段々話を聞きました所が、私共の忰は妙な訳でねえ、良い出家に成られそうでございまして、越中の国高岡の大工町にある宗慈寺と云う寺の納所になって、立派な衣を着て居る[#「着て居る」は底本では「来て居る」]そうで」
永「はアそれは妙な事だなア、大工町《だいくまち》の宗慈寺と云うは真言寺じゃアないか」
又「はい真言寺で」
永「そこにお前の忰が出家を遂《と》げて居るのかえ」
又「はい名は何とか云ったなア、婆さんお前《めえ》知って居るか、あゝそうよ……いゝや、眞達と云う名の納所でございます」
永「左様か」
とじろりっと横眼でお梅と顔を見合わした計《ばか》り、ぎっくり胸にこたえて、流石《さすが》の悪党永禪和尚も、これは飛んだ所へ泊ったと思いました。
二十六
又「それで婆さんの云うのには、前の事をあやまって尋ねて行ったら宜かろうと云いますが、何だか今更親子とも云い難《にく》いと云うのは、女房子を打遣《うっちゃ》って女郎《じょろう》を連れて駈落す
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