く届くと云うて噂をして居ることだが、生れは何処《どこ》だね」
又「えゝ旦那様お馴染に成りましたから斯《こ》んな事を伺いますが、あなたは元は御出家様でございますかえ」
永「私《わし》は出家じゃア無い」
又「へえー左様でげすかえ、貴方《あなた》は其の頭髪《おぐし》がだん/\延びますけれども、元御出家様で是からだん/\お生《はや》しなさるのではないかと存じまして」
永「なに私《わし》は百姓だが、旅をする時にはむしゃくしゃして欝陶《うっとう》しいから剃るのじゃ、それに寺へ奉公をして居るから、頭を剃る事なぞは頓と構わぬじゃア」
又「へえー左様で、お比丘尼様はこの頃|御剃髪《ごていはつ》なすったのでげすな」
永「えゝいゝえ……なに然《そ》う云う訳じゃアないのじゃ」
又「へえ左様でげすかえ」
永「尤《もっと》も幼少の時分からと云う訳じゃアないが、七八年|前《あと》から少々因縁有って御出家にならっしゃッたじゃ」
又「へえー左様で、私共《わたくしども》の家《うち》には御出家様が時々お泊りになりますが、御膳の時はお経を誦《よ》んで御膳をお盖《きせ》に取分けて召上りますな、あなたも此の間《あいだ》お遣りなすったしお経もお読みなさいますが、お比丘尼様の方はそう云う事をなさる所を見ませんから、それで貴方は御出家お比丘尼様は此の頃御剃髪と思いまして」
永「それは門前の小僧習わぬ経を誦《よ》むで、寺にいると自然と覚えて読んで見たいのだが、また此方《こなた》は御出家じゃアが、もう旅へ出ると経を読まぬてえ、是が紺屋《こうや》の白袴《しらばかま》という譬《たと》えじゃアのう」
又「そうでございますかえ、私《わたくし》はまた御苦労の果じゃア無いかと思って、のう婆さん」
婆「お止しよ、ひちくどくお聞きで無いよ、欝陶しく思召《おぼしめ》すよう」
又「でもお互に昔は……旦那|私《わたくし》はねえ、ちょっと気がさすので、然《そ》ういう事を云いますが、この婆《ばゞあ》を連れて私が逃げまする時にゃア、この婆が若い時分だのにくり/\坊主に致しましてねえ、私も頭を剃《す》っこかして逃げたことが有るね、えゝ是は昔話でございますがねえ」
婆「爺さんお止しよ、詰らない事を言い出すね、よしなよ」
又「なに、いゝや、旦那の御退屈|凌《しの》ぎだ、爺《じゞい》婆《ばゞあ》の昔話だから忌《いや》らしい事も何もねえじゃねえか」
二十五
又「旦那此の婆《ばゞあ》はもと根津の増田屋で小澤《こさわ》と云った女郎《じょうろ》でございます」
婆「およしよ爺さん」
又[#「又」は底本では「婆」]「いゝやな、昔は鶯《うぐいす》を啼かして止まらした事もある……今はこんな梅干婆で見る影も有りませんがね、これでも二十三四の時分には中々薄手のあまっちょで、一寸《ちょっと》その気象が宜うがしたね、時々、今日は帰さねえよと部屋着や笄《こうがい》などを質に入れて、そうして遊んで呉れろと云うから、ついとぼけて遊ぶ気になり、爪弾《つめびき》位は静かに遣《や》ると云う、中々|粋《いき》な女でございます」
婆「およしよう、詰らない事を言って間が悪いやね、恥かしいよ」
又「恥かしいも無いものだ、もう恥かしいのは通り過ぎて居るわ」
永「おや左様かえ、何でも然《そ》うじゃろうと思った、中々お前苦労人の果でなければ、あの取廻しは出来ぬと思った、あゝ左様かえ、一旦泥水に這入った事がなければなア」
梅「おや然うかね、長く御厄介になって見ると私はどうも御当地の方じゃないと実は思って居ましたが、然うでございますか、不思議なものだねえ増田屋に、どうも妙だね、然うかね」
永「どうも妙だのう、それじゃアお前何かえ、江戸の者かえ」
又「いゝえ私《わたくし》はねえ旦那様富山|稲荷町《いなりまち》の加賀屋平六《かがやへいろく》と云う荒物御用で、江戸のお前さん下谷茅町《したやかやちょう》の富山様のお屋敷がございますから、出雲《いずも》様へ御機嫌伺いに参りまして、下谷に宿を取って居る時に、見物かた/″\根津へ往って引張《ひっぱ》られて登《あが》ったのが縁さねえ、処が此奴《こいつ》中々|手管《てくだ》が有って帰さないから、とうとうそれがお前さん道楽の初《はじま》りで酷《ひど》いめに遭いましたけれども、此奴の気象が宜《い》いものだから借金だらけで、漸々《だん/″\》年季が増して長いが、私の様な者でも女房《にょうぼ》にして呉れないかと云いますから、本当かと云うと本当だと申しますから、借金があっては迚《とて》もいかぬから、連れて逃げようと無分別にも相談をしたのが丁度三十七の時ですよ、それからお前さん連れて逃げたんだ、国には女房子《にょうぼこ》が有るのに無茶苦茶に此奴を引張《ひっぱ》って逃げましたが、年季は長いし、借金が有るから追手《おって》の掛るのを
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